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羽毛田信吾・宮内庁長官、長年にわたりご苦労様でした。

羽毛田信吾・宮内庁長官、長年にわたりご苦労様でした。
宮内庁の仕事は、皇室関係の国家事務、天皇の国事行為にあたる外国の大使・公使の接受に関する事務、皇室の儀式に係る事務をつかさどり、御璽・国璽を保管する内閣府の機関です。

ところで、宮内庁は、昭和24年6月1日には、総理府設置法の施行により総理府の外局でありました。平成13年1月6日には、中央省庁改革の一環として内閣府設置法が施行され、宮内庁は内閣府に置かれる機関となり、内閣府に置かれる独自の位置づけの機関(内閣府設置法48条)とされています。

宮内庁の歴史を見ますと、「日本書紀」の白鳳9年(680)の条には「宮内卿」「宮内官大夫」の官職が記述されています。その後、大宝元年(701)に定められた大宝令官制に至って、後の八省の一つとなる宮内省(くないしょう、みやのうちのつかさ)が設けられましたが、明治2年に設けられました宮内省の組織とは別物です。

明治19年(1886)には宮内省官制が定められ、2課5職6寮4局の組織が定まり、明治22年の大日本帝国憲法の公布とともに、旧皇室典範が裁定され、皇室自律の原則が確立しました。明治41年には、皇室令による宮内省官制が施行され、宮内大臣は皇室一切の事務につき天皇を輔弼する機関とされました。

昭和20年の終戦時には、宮内省は、1官房2職8寮2局のほか、内大臣府、掌典職、御歌所、帝室博物館、帝室林野局、学習院(現在の学習院大学)など13の外局と京都事務所を持ち、職員6,200人余を擁する大きな組織となっていました。

現在の宮内庁の組織は下記の通りです。

・内部部局
・施設等機関      
長官官房 秘書課    
 総務課     
宮務課 
 用度課 
 主計課                           
宮内庁病院                  
侍従職
東宮職
式部職
書陵部
管理部
・地方支分局  
正倉院事務所   
 御料牧場
京都事務所ー京都御所・仙洞御所・桂離宮修学院離宮の国有財産の管理。桃山陵墓監区・月輪陵墓監区・畝傍陵墓監区、古市陵墓監区各所轄の近畿地方の天皇陵や皇族の奥都城(墓のこと)の管理

ところで平成21年12月、「30日ルール」を破り、当時の民主党の小沢一郎幹事長が天皇陛下と習近平・中国国家副主席との会見を首相官邸側が強行した問題がありました。官邸に抵抗した羽毛田(はけた)信吾・宮内庁長官がおられました。

当時の民主党の小沢一郎幹事長に「一役人が、内閣の方針にどうだこうだと言うなら、辞表を提出した後に言うべきだ」と迫られても「辞表を出すつもりはない」と突っぱねた羽毛田宮内庁長官が退任し、風岡典之次長(65)が長官に昇格する人事が固まったことが5月21日に伝えられました。78歳になられた天皇さまのご公務負担の軽減など、また将来の御皇室のあり方などを取り組まれて激務で大変だった思います。

神職の一人として、鶴見神社敬神婦人会の皇居清掃奉仕の際には、大変お世話になりましたことに感謝申し上げますと共にこれまでのご功労に敬意を表し、今後のご健勝とご発展をお祈り申し上げます。 

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「THE CONSTITUTION OF JAPAN」に制定された「国民の祝日に関する法律」

「THE CONSTITUTION OF JAPAN」に制定された「国民の祝日に関する法律」
祝日は常に神社の掲揚塔に国旗を掲揚していますが、「THE CONSTITUTION OF JAPAN」つまり「連合国統治領日本」時代に制定された「日本国憲法」を「憲法記念日」として祝日することを容認できないので、5月3日は国旗を掲揚していません。

ある氏子さんから「宮司さん、他の神社では国旗を掲揚していますよ」といわれました。私は即座に、「敗戦時に占領軍が無理に屈辱的な現行憲法を日本に押しつけた憲法など祝日として祝うべき日ではなく、むしろ敗戦や屈辱を象徴する日なのです」と答えました。

ところで神社本庁の見解は、昭和43年6月8日付の「神社新報」に掲載されています。

五月の本庁評議員会の席上、議員提案として「明治百年を期し、憲法改正を促進すべく、一大国民運動を展開するやう本庁に要望する」議案が提出され、可決された。その際、一議員が提案者に対して、「あなたの神社では、憲法記念日にはどうしてゐるか」との質問がなされ、提案者は「本庁で祭典を定め、祝詞文も示してあるので、祭典を行って居る」と答へた。質問した議員は「うちは何も行事しないで、当日は日の丸を半旗にし、喪章をつけて掲げる」と逆に説明し、なほ続けて「憲法記念日の行事は、神社では一切やらぬことにすることから先づ始めたらどうか」との意見開陳を行った。

現在(昭和43年6月8日当時)、神社本庁には「国民の祝日当日、神社に於ける祭儀取扱」に関する制度が定められてゐる。その憲法記念日の項を見ると、その下に憲法記念日とカッコし、祭祀主旨として「日本国憲法の新たなる制定によって国民は自由を与へられた文化国家たるの実を具へるに至り、恒久の平和を理念とする国家が生れたことを記念し、文明の恵沢のいよいよ大ならんことを神祇に祈願する」ことを、懇切にすすめてゐる。

とあります。明治時代から、国の祝祭日と神社の祭日とは密接な関係がありました。国の祝祭日は、神宮や宮中の祭祀儀礼を中心にして成り立っていました。ところが、敗戦後の昭和23年、神道的色彩をすべて払拭せよとの占領軍の圧力のもとに「国民の祝日に関する法律」が制定され、元日・成人の日・春分の日等が定められました。

国民の祝日に関する法律の公布後、神社本庁は、祝日当日の神社に於ける祭儀取扱いに関して通達を出しました。これは従来の、国の祝祭日と神社の祭日とが不可分であった時代の取扱いを、占領中のことなので十分検討されずに、明治時代からの方法を踏襲したものでした。敬老の日や体育の日を国旗掲揚はしますが、神道的な儀式は行いません。2月11日の「建国記念の日」は祝詞を奏上し儀式を行います。

問題は「THE CONSTITUTION OF JAPAN」つまり「連合国統治領日本」時代に制定された「国民の祝日に関する法律」を国民祝日として、すべての祝日をそのまま神社の祭日として形式的に扱うことに神職として抵抗があります。


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5月15日、沖縄復帰40年を迎えて

5月15日、沖縄復帰40年を迎えて
昨年11月ごろから、政府内に再燃した「皇室典範」改正をめぐる問題は、世間で言う「女性宮家」という日本国家建国以来存在しない言葉が、マスコミを中心に世論ににぎわせる子とになりました。

「女性宮家」創設をめぐる議論については様々な問題点があります。そもそも議論の根幹にある「宮家」創設は「皇位継承」と不可分なものであるのに、アホ民主党政府は支持率の低下にともない国民に対する人気取りのために、本質的な議論を避けてしまい、「皇室のご活動」の維持にすり替えてしまい、国民の賛同を得て支持率アップを目的としていることに憤りを感じます。

「女性宮家」創設以後は、平成17年に提出された「皇室典範改正に関する有識者会議」の報告書に則り、将来の「女系天皇」の容認へとストーリがきめられたことに間違いがありません。

私は医学的に見て神武天皇の「Y」遺伝子を継承できるのは「男子」だけですので、「男系継承」による皇統維持のために最大限の叡智を結集し努力をする必要があると思います。

ところで本年の4月28日はサンフランシスコ講和条約締結し発効して60年、5月15日の今日は沖縄本土復帰40年の節目に当たります。これを機会にして激動する世界情勢下の中、主権国家として日本のあるべき姿を考え、自主独立の精神を取り戻すべきだと思います。

さらに平成23年5月3日の憲法記念日は、今年で65年目を迎えています。占領軍の強制的に押し付けられ、10日間あまりで草案が出来上がり制定した日本国憲法、私から言えば屈辱憲法は一度も改正されることなく今に至っています。これほど世界に例を見ない憲法を護持すること自体不思議で溜まりません。

平成22年5月に「日本国憲法の改正手続きに関する法律」いわゆる国民投票法が施行されました。同法で設置が義務づけられている「憲法審査会」が昨年末ようやく動き出しました。私は自主独立・自主防衛を基本とした「自主憲法」の制定への議論を活発化し、日本を伝統を重んじた道義国家を構築することが必要であると思います。


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太陽に異変

太陽に異変
報道によりますと、太陽の異変を下記のように記述されていました。

太陽の周期的な活動に異変が起き、「冬眠状態」に入り、地球にミニ氷河期(小氷期)が到来する可能性があることがわかったそうだ。

 これは国立天文台や理化学研究所などが発表したもので、磁石のS極とN極がひっくり返るような磁場の反転が太陽の北極で起きつつあるという。通常は北極の磁場と同時に反転するはずの南極の磁場が、まったく変化する様子がない。これは過去に地球が寒冷化した時期の太陽の状況と似ているのだそうだ。また、太陽の黒点の様子にも、過去に地球の気温が下がった時期と同様の変化が見られるという。

チームは、太陽観測衛星「ひので」で、太陽の北極と南極を観測。2008年の観測では北極の磁場はマイナスの性質を多く持っていたが、2011年には急激に減少、逆にプラスの磁場が現れた。今年5月には、マイナスからプラスへ完全に反転するとみられる。一方、南極の磁場はプラスのままだった。

太陽の磁場は南北両極に正と負の極があり、約11年周期で反転し、次の反転は2013年ごろと考えられていたが、太陽観測衛星「ひので」で観測したところ、北極だけが約1年早く反転に近づいていることがわかった。このペースだと、2012年5月に北極のみが反転し、太陽の赤道付近に別の極ができる「4重極構造」になるという。北極だけ反転すれば、17世紀半ばから18世紀初頭にかけて、地球にミニ氷河期(小氷期)をもたらしたような太陽の状況に似てくるという。磁場反転の原因は未解明だが、約11年周期の黒点の増減と同期することが知られている。
 
私の解説で言いますと、国立天文台の発表は、太陽の周期的な活動に異変が起き、「冬眠状態」に入り、地球にミニ氷河期(小氷期)が到来する可能性があることがわかったと言うことなのでしょう。
私は天文学を専門にしているわけではありませんので、詳しくは説明できませんが、太陽において、磁石のS極とN極がひっくり返るような磁場の反転が太陽の北極で起きつつあり、またS極とN極が一緒に引っ付いてしまうこともある、ということなのでしょう。

通常では太陽の北極の磁場と同時に反転するはずの南極の磁場が、変化したということです。この現象は過去に地球が寒冷化や小氷河期を起こした時期の太陽の状況と似ているので、温暖化から寒冷化になるといわれています。同時に太陽の黒点の様子にも、過去に地球の気温が下がった時期と同様の変化が見られるというです。

考えれば「望龍術」では2012年から、変革を意味する地震や異常気象が起きる時期に入っています。今年は「春一番」は発生していません。「春一番」とは、その年に初めて吹く南寄りの強い風です。「望龍術」では「春一番」がなければ異常気象になると言われています。ということは4月には長雨と寒さに、5月には雷雨とひょうに注意が必要ということになります。

実際に5月6日、午後1時ごろ、茨城つくば市や栃木県益子町で竜巻とみられる突風が吹き、住宅が倒壊、多数のけが人が出ています。日本は地形的にあまり竜巻は出ないと言われてきましたが、「青龍」の時代にはいってから、竜巻の被害を耳にするようになりました。


2006年から飛んでいる日本の太陽観測衛星「ひので」が大活躍しています。2018年には次世代太陽観測衛星「SOLARーC」への期待が高まっています。現況の太陽の状態は約300年前に地球が寒冷化した時期と太陽活動の特徴が一致しており、温暖化の一時的な抑制につながる可能性もあります。

平成24年5月21日、全国で部分日食を見ることができるほか、九州地方南部、四国地方南部、近畿地方南部、中部地方南部、関東地方など広範囲で「金環日食」を見ることができます。月の外側に太陽がはみ出して細い光輪状に見える現象です。「望龍術」では、「金環日食」は大地震や火山噴火など地殻変動が起きやすいといわれています。それは太陽も磁石であり、地球も磁石ですので、太陽の強力な磁石により、地球の地殻が引っ張られるのが原因です。


偶然に太陽の磁場変化があった時期と「金環日食」が重なっている以上、災害が発生することがあるかもしれないので、昨年の東日本大震災の教訓を活かした食料・燃料の備蓄や災害用品の備えをしておきましょう。


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神楽の鈴も七五三

神楽の鈴も七五三
毎年11月になりますと、七五三の参拝で神社はにぎわいます。古くは「髪置き(かみおき)」「袴着(はかまぎ)」「帯解き(おびとき)(紐(ひも)解き)」の祝いといっていました。

髪置きは三歳の男女児の祝いで、もう赤ん坊ではないという意味から、今まで剃っていた髪をこの日から伸ばし始める儀式です。

袴着は五歳の男児の祝いで、初めて袴を着ける儀式、帯解き(紐解き)は七歳の女児の祝いで、着物の付け紐を取り去り帯に替える儀式です。

ところで七五三のときに限らず、ご祈祷に行かれたときに神職から神楽鈴で鈴を鳴らされてお祓いを受けたことがあると思います。またお神楽を奉納されたときに巫女さんが舞を舞うとき、手に持った神楽鈴を見られたことがあると思います。この神楽鈴の数は15個あるのをご存知でしたか。

この鈴は神を呼ぶ意味で鳴らされるものですが、三段の輪状に鈴が付けられています。その数は下から7個、5個、3個になっています。よって七五三鈴という別名もあります。

11月恒例の七五三詣りも、なぜ七五三かと言うことについてはハッキリしません。しかしながら古代中国の時より奇数は縁起のいい数字だと考えられていたことに起因するといわれています。それが日本に伝来して、奇数を陽数、偶数を陰数といって奇数は縁起のいい数いう考え方が成立し、1月1日・3月3日・5月5日・7月7日・9月9日など、多くの節句が奇数の重なる日というのもここから来ています。

神社の鳥居に付けられている注連縄を七五三縄「しめなわ」と読むことがあります。実際に注連縄の藁を、七束、五束、三束と垂らす型があるからです。それで神楽鈴の数も下から7個、5個、3個になっています。



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赤ちゃんについての儀式

赤ちゃんについての儀式
最近、少子化の時代なのでしょうか、「安産祈願」で参拝に来られる氏子がめっきりと少なくなりました。子宝に恵まれたことを神さまに感謝し、妊娠5ヶ月の戌の日に神社に着帯のご祈祷をしてもらいます。

戌の日が選ばれるのは、犬の安産にあやかるためと言われ、妊娠は赤ちゃんが岩のように丈夫に育ちますようにとの意味の込められた「岩田帯」をします。鶴見神社では産土さまに安産祈願のお参りをした時に、境内にある小石を持ち帰ってお守りにし、お七夜が過ぎると元の場所にもどしに行く風習があります。

ところで赤ちゃんが生まれるとすぐに「産湯」をつかわせます。「産湯」とは、産土さまのお守り下さる大地の水のことです。その水で清めることで神さまの氏子(産子)となるからです。産湯をつかわせた後、赤ちゃんを袖や紐のない一つ身のおくるみ、産着(産衣)にくるみます。そして、生後三日めになると、袖のある産着を着せます。

産着に麻の葉の文様を縫い付けることもありますが、これには、赤ちゃんが麻のようにまっすぐに成長しますようにとの願いが込められています。鶴見ではお母さんが一針一針こころを込めて縫い上げた生まれてすぐに白または空色の産着を着せます。その後、お色直しといって、人間の仲間入りをさせる意味で、色のある着物を着せたものです。今はカラフル可愛い赤ちゃん用のおくるみを着せます。

赤ちゃんが誕生して30日以後のお宮参りに参拝される前に家でに炊いた赤飯をご先祖にお供えしてから、ご祈祷の前に産土さまにお供えする風習もあります。宮参りが終了の後、帰宅してからご先祖にお供えした赤飯は家族で戴きます。鶴見では「産飯」と呼んでいます。

また、赤飯を親戚や隣組など、多くの人にふるまうことは、赤ちゃんを社会的に認めてもらうという意味がありました。

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「松下政経塾」の存在そのものが日本を滅ぼす

「松下政経塾」の存在そのものが日本を滅ぼす
私は「松下政経塾」(神奈川県茅ケ崎市)の存在そのものが日本を滅ぼすと考えています。周知の通り、政経塾はパナソニックの創業者、故松下幸之助氏が設立した国政を担う政治家を育成の場です。巣立った国会議員は38人を数えます。

民主党は野田佳彦首相をトップに政経塾の出身者が一大勢力を築いています。若いころ自民党の元労働大臣・建設大臣・文部大臣にかわいがって貰いました。先ごろ無罪になった政治家にも随分とかわいがって貰いました。

無罪となった人は政治家の手腕では最高の人だと思っています。今回の消費税10%に上げることにも、かなり厳しい条件を付けておられました。野田のアホ首相と違い、消費税増税は社会保障の財源確保のために行うべきであり、社会保障と税の一体改革に伴う消費税率の引き上げを行うとはいっていません。消費税増税は社会保障の財源確保に使うとは彼の性格から言えば絶対に反対するでしょう。

消費税増税は社会保障の財源確保にする、ということを端的に言えば明日から一段と厳しい不景気がやってきます。以前、私は預貯金に興味がなく自動車が大好きで、外車2台を所有していました。もちろん服はイタリアの女性デザイナーのスーツを着こなしていました。それなりに買い物が大好きで、ホテルでの食事も好きで、世間以上に消費税を支払ってきました。
変な言い方をしてすみませんが、所得の少ない人は軽自動車を乗り、スーパーで半額になった食品を買えばすむ時代であったと思います。余裕のある人はかなりの消費税を払い、余裕のない人は少ない消費税を払ってた時代がありました。

社会保障と税の一体改革に伴う消費税にすると言われれば、現実に大阪市の生活保護者は13万人なり予算の半分の2636億円も保護費にまわしています。民主党国家を信じられないので、家族や親族を守るために、この私でもさえも老後が心配になり、今では服はユニクロで買っています。自動車も小型車1台になりました。ホテルで食事しなくなりました。預貯金もするようになりました。私の友達は不動産をすべて売却して海外に暮らすものまで現れています。

今さら法人税を安くしても国内へ企業が戻ってくるとは思えません。だって利益が出ないのに地方税の固定資産税はきっちりと納入されます。それに比べて解散のない参議院議員さんは年間所得1800万円もらえて、室内のフールのある安い議員宿舎に入居し新幹線代は無料、議員年金は世間以上に貰えます。これを改革しない限り、消費税10%は絶対に反対します。小沢さんもこの改革を実行してから消費税を10%に引き上げようとしているのです。

小沢さんは、先ず政治家や官僚たちの給与を世間並みにして、六本木周辺にある官舎を世間並みの家賃に引き上げ、議員宿舎の家賃も世間並みにする改革の後に消費税を10%に引き上げると言っていたのです。新幹線代も無料にしない、政治家の特権も世間並みにしたときに消費税を10%に上げるのであれば、私は賛成します。

ところが「松下政経塾」の出身者は「理屈ばかり」「エリート意識が抜けない」ないので国民の実態生活は知りません。民主党中枢には、野田首相のほか玄葉光一郎外相、長浜博行官房副長官、前原誠司政調会長、樽床伸二幹事長代行ら政経塾出身者が並ぶ。自民党の逢沢一郎国対委員長も、野田首相と寮生活で「同じ釜の飯」を食べた「松下政経塾」の一期生です。
「松下政経塾」は全寮制で期間は四年、入学金や授業料は不要。逆に月額二十万円が支給されるというから驚きです。

ところで昨年9月22日、野田首相が国連に呼ばれ「世界最高水準の原発技術を確立する」と演説しました。何十年も故郷に帰宅できない福島原発周辺の住民に対して、放射能汚染からすばやく帰宅させます、と言う挨拶があってもよいのではないかと思います。アホ集団の「松下政経塾」の政治家よりも無罪になった小沢さんのほうがよいと思っています。

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岩手の語源の三ツ石神社の巨石。

岩手の語源の三ツ石神社の巨石。
今から40年前になります。東北の友人の神社に遊びに行ったときでした。そのときに友人から「岩手」の名称は、県庁の置かれた盛岡市の「三ツ石神社」の高さ6mの巨石が3つあり、そこから「岩手」と言う名前が由来すると聞いたことがありました。

この岩は岩手山の噴火の際に飛んできた長い年月をかけて岩が三つに割れたと言うことでした。昔、羅刹鬼(らせつき)という暴れ者の鬼が神社の神さまに捕まえられ、二度とこの地方に来ないように約束され、その契約の証文として巨石に手形をつけたので「岩手」という語源になったと聞きました。

また、「岩手」の名が文献に登場するのは、「大和物語」の中に「みちのくから都に献上された鷹を、帝がたいそう気に入り、鷹に慣れた大納言に預けたが、取り逃がしてしまった」という一説があり、鷹の名前を「岩手」と言ったそうです。帝は悲しみのあまりに「言わないで」の意味を掛けて「岩手」と言う名前に掛けたとも言われています。

さらにもう一つに、岩手県の「岩手」には「火山で岩がたくさん噴き出た」ので岩出(いわで)が岩手(いわて)」になったという説もあります。

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中国共産党が窮地に追い込まれている。

中国共産党が窮地に追い込まれている。
中国政府が出国を認めた盲目の人権活動家、陳光誠氏(40)は5月6日、入院先の北京市内の病院で共同通信の電話取材に応じ、米国に向け「できるだけ早期に出国したい」と希望を表明しました。中国の盲目の人権活動家で北京の病院にいる陳光誠氏について、5月4日付の中国各紙では「他国の内政に干渉したがる米国の道具にされた」などと報じ非難を加えてきました。各紙とも陳氏を保護した米側の対応を批判する記事を掲載したのでした。中国当局が陳氏を軟禁して暴力を加えていたことは一切、中国各紙には伝えていいません。

「光明日報」グループと広東の「南方日報」グループの共同出資している新京報は、陳氏が告発した不妊手術や中絶の強制を「生活レベルでどこでも発生しているトラブル」と指摘しています。陳氏が不妊手術や中絶の強制の事実は、特に熱心だっただけなのに、米国は「人道主義」を掲げて「内政不干渉の原則を忘れ去った」と中国政府は非難しています。

 陳氏は家族とともに出国すれば中国政府が永久に帰国を認めないのではないかとの懸念があります。陳光誠氏の友人で相談役も務める米ニューヨーク大のジェローム・コーエン教授は5月4日までに、米CNNテレビに対し、陳氏が米国に来れば、同大の米・アジア法律研究所の客員研究員として迎え入れる考えを明らかにしました。しかもクリントン国務長官も、「長期に渡り陳氏と家族に関与していく」と中国政府に釘を差しました。

ところで最近、中国共産党の派閥争いが激化しています。今までは中国と米国との最大の問題になっているのが、王立軍重慶市副市長の亡命問題だったはすです。ここに来て山東省の盲目の人権活動家、陳光誠氏の身柄引き渡しや亡命問題で新たに加わりました。 
 
しかし中国共産党にとって最大の懸念は、やはり王立軍重慶市副市長が四川省成都の米国総領事館に亡命しようとした時に、米国側に渡したと見られる「極秘資料」の存在があるからです。
その「極秘資料」とは、11月に開催される第18回中国共産党全国代表大会で習近平国家主席就任前に大問題となりかねないほど重要な事柄が記載されていた模様です。

突如、薄煕来・重慶市の党委員会書記が3月15日、突然党中央から解任されました。これだけでも異例の事態ですが、妻の谷開来(こく・かいらい)の英国人ビジネスマン殺害疑惑で逮捕されました。

最高指導者就任が確実視されている習近平氏は、薄氏と同じ「太子党グループ」を基盤としており、今回の出来事が「習氏にとって打撃になった」と思えます。
重慶市共産党トップ薄煕来の解任劇と、その後の胡主席率いる中国共産主義青年団(共青団)グループと元高級幹部子弟の太子党グループの有力者の間の権力闘争という図式で語られています。

私は薄熙来氏の「軍事クーデター説」があったと思います。3月15日に薄熙来氏が中国共産党の重慶市委員会書記を解任されましたが、2月7日に腹心だった王立軍・副市長が四川省・成都市の米国総領事館に駆け込み、その後北京に身柄を移送されたことを知り、すぐに地元の重慶に駐留している解放軍部隊を動かしてクーデターを計画していたと思います。
2月8日、薄熙来氏は重慶駐留部隊を率いて、軍用機で雲南省昆明市に移動しました。昆明は重慶市、四川省や雲南省、チベット自治区などを管轄する成都軍区の主要基地が置かれています。

薄熙来氏の父親は、新中国建国の毛沢東主席の同士で元老でもある薄一波元副首相です。国共内戦中は第14集団軍の軍事拠点を置き、その司令官を務めていました。それが成都軍区です。息子の薄熙来氏にとっては、最も頼れる軍事基地だったのです。

しかしながら、その動きは事前に北京政府に察知され、胡錦濤主席の命令によって多数の軍が昆明に向けて進軍させました。薄氏は中央の軍を迎え撃つことも考えたでしょう。しかし多勢に無勢だけに、重慶市に戻るしかなかったと思います。

もし薄熙来氏が軍事行動に出れは、一歩間違えば、文化大革命の際に多発した軍や民兵組織などによる内部闘争に再発した可能性もあったでしょう。

ところで信用できる中国筋によると、王氏が四川省・成都市の米国総領事館に駆け込んだ際、軍の装甲車両など70台が総領事館を取り囲み、いまにも攻撃が始まるかのような状況だったそうです。

中国共産党では第18全中党大会を前に、「共産党青年団派」、「太子党派」の他に、「胡錦濤派」、「江沢民派」、「温家宝を中心とする民主体制派」の5つの派閥がしのぎを削っているといわれています。

なかでも中国を温家宝氏の民主化しようとするグループは、党内で徐々に力をつけていて、「います。想像以上に中国の腐敗と権力闘争の激しさは増しているのが実態です。
 
王立軍重慶市副市長が米国総領事館に手渡した「極秘資料」を米政府はいつこれらの資料を公開するのか、楽しみです。多分、「習近平氏は力は弱すぎる。党の最高指導者としては不適格。薄煕来氏を中国共産党の真のリーダーにすべきだ」というクーデター計画が立案されていたのが「極秘資料」であったと思います。

失脚した薄熙来前重慶市党委書記の後ろ盾とも言われた政治局常務委員、周永康党中央政法委員会書記も粛清も時間の問題ですし、周永康氏の後ろ盾の江沢民派も粛清されるでしょう。周氏は最高指導部を形成する政治局常務委員9人中で序列9位ですが、息子が石油成金で石油閥と保守派を代表する実力者です。

胡錦涛氏の必ず周永康党中央政法委員会書記を粛清し、江沢民氏の上海閥も粛清します。このことにより次期主席予定の習近平氏は孤立し、そうなれば当然、習近平体制が早期に崩壊します。それが胡錦涛氏の「共産党青年団派」の目的です。

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ご先祖からの遺伝子の通りに生きること

ご先祖からの遺伝子の通りに生きること
私は戦後の昭和25年生まれです。「戦前の教育は戦争へと導く軍国主義が根幹にあり、戦後教育は民主主義が根幹にあるので正しい」と教えられてきた団塊の世代です。 ところが平成24年5月現在、国内の事情をどのように思われますか。 東日本大震災の復旧は遅々として進まず、福島原発の影響は今後数十年間におよび、経済状況は不況のままで、野田政権は消費税を10%に上げることによって活気を取り戻そうとしていますが、失敗に終わるでしょう。将来的にも日本人には元気を取り戻すことは出来ません。

その上、働き盛りを中心に自殺者は毎年3万人を超す異常事態が続いています。 毎年、東日本大震災で亡くなられた数よりも多いのです。10年間で30万人の人が自殺で亡くなっているのです。かっての日本は「心」の豊かな国であったはずです。

 その理由は簡単です。昭和20年8月15日、大東亜戦争に負けて、米国占領軍の日本弱体化政策が効果を上げたと言うことに尽きます。日本人も占領軍のプロパガンダによって、日教組を中心に「日本人が悪い」「軍国主義国家の復活につながる」といって深く反省をするあまりに、「日本人らしい教育のあり方」を捨ててしまったのです。

つまり深く反省するあまりに「国語教育」「歴史教育」を捨てて、過去の日本と決別したことに原因があります。私たち日本人には悠久の歴史があり、連綿として受け継がれてきた「いのちの文化」がありました。万物に神さまの「いのち」が宿り大切に扱う、神仏を大切にする、ご先祖を大切にする、親孝行を大切にする、地域の人たちを大切にする、このような日本人として当たり前のことが、遺伝子として日本人の体の中に生きているのです。

しかしながら遺伝子として組み込まれた「日本人の教え」「日本人のあるべき姿」に対して、その遺伝子に反する行為・行動が日本の悲劇を生んでいるのです。組み込まれた遺伝子と逆な行動を取ると、医学では癌になったり難病になったりします。戦後、67年も経ちますが、一向に遺伝子に組み込まれた日本人のあるべき姿に戻る可能性はありません。

当然に少子高齢化が進み、自殺者は増え続け、経済は沈滞化よりも後進国になる可能性も出てきています。要するに亡国の一途に向かっているのです。ますます日本はひどくなります。

日本人に組み込まれた遺伝子の通りの「あるべき姿の日本人および日本」に戻ることが急務です。戦後から立ち直ったすばらしい国です。まじめで苦境の中、全ては破壊された状況の中で必死に耐えながらコツコツと働き戦争から経済大国までのし上がりました。世界の奇跡ともいわれました。しかしながら、そろそろ限界にきています。毎年、自殺者が3万人も出している状況を考えれば、理解できると思います。古代から持ち続けた遺伝子の通りの日本人本来のあり方を知ればもっと復活の余地はあります。



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