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世にも難しい万葉集巻1・9

世にも難しい万葉集巻1・9

今夜は難しい万葉集の歌を紹介します。皇學館大学の学生のころに、万葉集の西宮一民先生が、この歌をテストに出題されますと、学生は大変に困りました。50名ほどの学生は、西宮先生に気に入られるように、先生の講義の通りに解釈しテストを提出しますと、ほとんどが不可でした。私はよくできた方で、先生と違う解釈をして及第点をもらいました。それでも可でした。

皆さん、万葉集には、読み方のわからない歌があります。その代表的なものが『万葉集』の「巻第一」の「紀の温泉(ゆ)に(斉明天皇が)幸(いでま)せる時に、額田王の作る歌」と題する次の歌であります。特に、初句と二句の上二句は、読み方も意味も難解であり、昔から学者が頭を悩ました歌です。しかし何といっても読めない歌ほど気になるものはありません。そのため多くの学者はいろいろな解釈をしています。最近では額田王の暗号が隠されている、という本も出版されています。

ここでは大学時代の私の解釈を記載します。

額田王の難訓歌 万葉集 巻1・9

紀伊(き)の温泉(ゆ)に幸(いでま)す時に、額田王が作る歌

莫囂円隣之大相七兄爪謁気 吾瀬子之 射立為兼吾可新何本

「莫囂円隣之大相七兄爪謁気 吾瀬子之 射立為兼吾可新何本」の、「吾瀬子之」を「わがせこが」とするのは、問題はないと思います。

短歌は「5・7・5・7・7」の5句からなります。初句・二句にあたる「莫囂円隣之大相七兄爪謁気」は12文字からなります。これはこの部分が一字一音で記されていることを示しています。

これを「莫囂円隣之」(初句)と「大相七兄爪謁気」(二句)のように5文字と7文字に分けてみると、それぞれの終わりの文字「之」と「気」は万葉集に多くの使用例があります。しかし、この上二句は難読です。

用例を分析すると、「之」は「し」と読まれることが最も多く、「の」がそれに続き、「が」と読まれる例が最も少ないのです。また、「気」は「け」と読まれています。

先ず「莫囂円隣之」の解読をしてみます。
「莫」は『万葉集』に例がありません。「ない」「なかれ」という意味なので万葉仮名として「な」と読んでいます。
「囂」は万葉仮名に例はありませんが、漢音は「ゴウ」「キヨウ」。漢字の意味は「かまびすしい」で、喧々囂々(けんけんごうごう)の熟語があります。「囂」と母音部が同じで語頭が濁らない「高」を、万葉集では「こ」と読む例があることから、「囂」は「ご」と読めるではないでしょうか。
「円」は万葉集の例から「まど」か「ま」と読めます。私は「円」を「か」とも読むことができると思っています。そうしますと「円」は「ま」または「か」と読むことができると思います。「また、「隣」は「八十一隣之宮」を「くくりのみや」と読むように「り」と読まれています。

これらのことから、「莫囂円隣之」は「なごまりし」、或いは「なごかりし」と読むことかでき、「心が和やかな気持ちになった」という意味になります。

次に「大相七兄爪謁気」の解読をしてみます。「大相七兄爪謁気」を考えてみますと、この中の「大相七兄」は、「おおちあに」と読み、斉明天皇の行幸に同行した中大兄皇子を指すのでしょう。「爪謁気」は「さゆけき」とは「何度も愛してくれた」と云う意味の大和言葉になります。

「莫囂円隣之 大相七兄爪謁気」とは「なごかりし おおちあに」と読みますと、「心和む中大兄皇子さま」、ということは「何度も愛してくださった中大兄皇子さま」という意味になると思います。

次に下の句に入ります。

吾瀬子之 射立為兼吾可新何本

わがせこが いたたせりけむ いつかしがもと

意味は、「愛しいあなたがお立ちになっていたであろう、神聖な橿の木の下」ということになります。


次に「吾可新何本」の解読をします。
額田王の歌に現れる「吾可新何本」は「五可新何本」で「いつかしがもと」と読むのでありますが、その意味は、上に見るように厳白檮(いつかし)とは、触れてはならない神聖な木ということです。 そして、さらに踏み込んで考えると、「五可新何本」の真の意味は、孝徳天皇の皇后であり、中大兄皇子の同母の妹である間人皇女(はしひとのひめみこ)のことを指していると思われます。額田王の恋敵ということになりますが、犯してはならない恋愛を額田王が歌で注意喚起したようにも思えます。


莫囂圓隣之 大相七兄  爪湯氣  吾瀬子之  射立為兼    五可新何本

なごかりし おおちあに さゆけき あがせこが いたちせりけむ いつかしがもと 
  
と読み、直訳しますと、
「何度も愛してくださった中大兄皇子さま 愛しいあなたがお立ちになっていたであろう、神聖な橿の木の下」というような意味になります。




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コメント 2

朴念仁

万葉集を齧りさしの全くわかっていない者で僭越ながら
今まで見てきた中では、この読み方、解釈が一番無理がなく納得できました。
神聖な橿の木が黒い噂の間人皇女------これも「なるほど、あり得るな」です。

by 朴念仁 (2016-08-14 13:23) 

上野正彦

 私も万葉集愛好者で、時々このブログに訪問させて頂いております。私は、特に難訓歌の解訓に興味を持ち、その成果を12月26日に「万葉集難訓歌 1300年の謎を解く」を学芸みらい社から出版致しました。
 もちろん、9番歌の試訓も含まれています。以下は、その結論部分の抜粋です。

 斉明天皇(作者は額田王)は、第二句の「七」をスイッチ装置として、
「な」と訓んだ場合は、面(表)の歌

   鎮まりし 影萎えそゆけ 我が背子が 
           い立たせるがね いつか逢はなむ
   

「なな」と訓んだ場合は、心(裏)の歌

   鎮まりし 影な萎えそゆけ 我が背子が 
          い立たせりけむ 厳橿(いつかし)が本


と、それぞれ別の訓解が成立するように歌を詠んでいるのです。
 その結果、後世の人は上二句の訓が分からず、したがってスイッチ装置の存在に気づかないまま、下二句の訓だけは、前記のように二様に訓まれてきたのです。
 前記伊藤博氏はこの点を感知し、「一首の上二句は、本来、斉明女帝とその側近たち数名にしかわからない謎の表記だったのではあるまいか。」と述べています。
 すなわち「七」を普通に「な」と訓ませることによって、他者には謀反を起こした有間皇子の死を冷静に詠んだ歌と見せかけ、「七」を「なな」と秘かに訓めば、有間皇子の死を哀惜した心の歌となるように、斉明天皇の側近によって仕組まれた謎の歌なのです。

 私は甥の有間皇子の刑死を悼んだ斉明天皇の歌として訓解したものです。  どうぞ、ご批判下さい。
by 上野正彦 (2016-12-31 16:13) 

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