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「夢」と「志」について

「夢」と「志」について
「夢」、それは「志」という言葉で表現したほうが、馴染みがあります。皇學館大学の学生の頃、平泉澄先生から「立志」という言葉を教えられました。何事も「志」に立つことが大切で、それが無ければ人生無駄に過ごしてしまう。先ず「志」を立てなさいと教えられました。坪井一夫先生からも札幌農学校を創立されたクラーク博士の言葉に

Boys, be ambitious  「少年よ、大志を抱け」

とある。札幌農学校1期生との別れの際に発した言葉であるが、これは訳が間違っている。私ならば

「少年よ、大志に立て」

と訳す、と言われました。平泉先生も坪井先生の言われる「立志」という言葉の中には、些細なことでくよくよとするな、たとえ汚名を着せられても、相手から屈辱的な行為を浴びせられても「志」をしっかりと持ち続けていたならば耐えることが出来る、と教えられました。

特に平泉先生の昭和44年の夏の千早赤坂の鍛錬会で、吉田松陰先生の叔父玉木文之進の嫡子、毅甫(きすけ)の元服に際して贈った「士規七則」の講義が印象的でした。当時、全国の大学では学園紛争が起き、大学の構内では赤旗やヘルメット姿の学生が大勢おりました。東京大学も学園闘争のために入学試験が出来なくなり、入試を1年間見送りました。そんな状況の中の講義でした。やさしい人柄の中に鬼のような殺気を感じ取りました。

「士規七則」

一.凡そ生れて人たらば、宜しく人の禽獣(きんじゅう)に異なる所以(ゆえん)を知るべし。
蓋(けだ)し人には五倫(ごりん)あり、而(しこう)して君臣(くんしん)父子(ふし)を最も大なりと為す。
故に人の人たる所以(ゆえん)は忠孝(ちゅうこう)を本(もと)と為(な)す。

一.凡そ 皇国(こうこく)に生れては、宜しく吾が宇内(うだい)に尊き所以(ゆえん)を知るべし。
蓋し(けだ) 皇朝は萬(まん)葉(よう)一統(いっとう)にして、邦(ほう)国(こく)の士夫世々(しふせぜ)禄(ろく)位(い)を襲(つ)ぐ。神君(しんくん)民を養ひて、以て祖業を続ぎたまひ、臣(しん)君(くん)民(みん)に忠して、以て父(ふ)志(し)を継ぐ。君臣(くんしん)一体(いったい)、忠孝一致、唯だ吾が国を然りと為す。
一.士の道は義より大なるはなし。義は勇に因(よ)りて行はれ、勇は義に因りて長ず。
一.士の行(おこない)は質実(しつじつ)欺(あざむ)かざるを以て要(かなめ)と為し、巧詐(こうさ)過(か)を文(あやど)るを以て恥と為す。光明(こうみょう)正大(せいだい)、皆是(こ)れより出づ。
一.人(ひと)古今(ここん)に通ぜず、聖賢(せいけん)を師とせずんば、則ち(すなわ)匹夫(ひっぷ)のみ。読書(どくしょ)尚(しょう)友(ゆう)は君子の事なり。
一.徳を成し材を達するには、師恩(しおん)友(ゆう)益(えき)多きに居(あ)り。故に君子は交遊を慎む。
一.死して後(のち)已(や)むの四字は言簡(げんかん)にして義広し。
堅忍果決(けんにんかけつ)、確乎(かっこ)として抜くべからざるものは、是(こ)れを舎きて術なきなり。
右士規七則(しきひちそく)、約して三端(さんたん)と為(な)す。曰く、「志を立てて以て万事の源と為す。交を択(えら)びて以て仁義の行(おこない)を輔(たす)く。書を読みて以て聖賢の訓をかんがふ」とまことにここに得ることあらば、亦以て成人と為すべし。

解釈しますと次の通りになります。
1.
 およそ生をこの世に受けて人となったからには、人が禽獣(きんじゅう)と異なるゆえんをしらなければならない。思うに人には五倫がある。そのうち君臣、父子の道が最も大切である。だから人の人である真面目は忠孝を根本とすることにある。
2.
 およそ皇国に生まれたからには、わが国が世界各国より尊いわけを知っていなければならない。思うに、皇室は万世一系であり、士や大夫は代々禄を受け地位を継いでいる。君主は人民を養い、祖業を継がれ、臣民は君主に忠義を尽くし、もって父の志を継いでいる。君民一体、忠孝一致、これはわが国だけの特色である。
3.
 士の道は、義より大切なものはない。義は勇気によって実行され、勇気は義によってますます発揮される。
4.
 士の行為は質実で自分の心を欺かないことが肝要である。いつわりに巧みであったり、あやまちを飾りごまかすことを恥とする。心が明白で邪心なく、行ないが正しく堂々としているのは、みなここが出発点なのである。
5.
 人たる者で、古今の学問に通ぜず、聖賢を師とせず、自己の修業をおこたるようでは、心のいやしいままで終わってしまうだ けである。読書や賢人を友人とするのは君子のなすべきことである。
6.
 徳を厚くし才能を磨くには、師の恩や友人の益によるところが大きい。それゆえ君子は人との交際を慎重にする。
7.
 死してのちやむの四字(死而後己)は、言葉は簡単であるがその意味は広い。堅くたえ忍び、果断に実行し、断固として心を変えないのは、この死してのちやむの精神をほかにしては道がないのである。

以上を「士規七則」を要約して三つにすることができる。即ち、
①志を立てて万事の根源とする。
②交友を選んで仁義の行いを助ける。
③書物を読んで聖賢の教えを考え究める。

当時、学生であった私には平泉先生の講義は非常に難しく理解することは出来ませんでした。しかしこの「士規七則、約して三端と為す」という言葉だけが理解できました。

昨年のNHKの大河ドラマの「龍馬伝」の中にも、坂本龍馬さんはしきりに「志」という言葉を口にしています。司馬遼太郎さんの名作、「竜馬がゆく」の中でも「志」という言葉がしきりに出てきます。司馬遼太郎さんの文章を紹介します。

人の一生というのは、たかが五十年そこそこである。いったん「志」を抱けば、この「志」に向かって事が進歩するような手段のみをとり、いやしくも弱気を発してはいけない。たとえ、その目的が成就できなくても、その目的への道中で死ぬべきだ。生死は自然現象だから、これを計算に入れてはいけない

ところで「夢」と「志」の違いは何だろうか、と考えたことがあります。今の学生に講義で語るとき「志」という言葉よりも「夢」と言ったほうが理解されるのですが、実際は「夢」と「志」は違うと思うのです。

「将来サッカー選手になるのが夢です」・「将来は政治家になるのが夢です」とか若い人は語りますが、これはすべて「個人的なもの」です。「自分」に対してのことです。いわば自分の幸せのために使う言葉が「夢」です。

NHKの大河ドラマの「龍馬伝」で坂本龍馬が口癖のように「日本の仕組みを変えるのだ」・「外国に負けない強い国にするのだ」と言っています。これは自分個人の幸せを追求するものではなく、「日本」という祖国を考え、「国民」のためを奉仕することを考えるのが「志」だと思うのです。

「将来サッカー選手になるのが夢です」、これも大事なことですが、しかしその上の「日本」と「国民」の将来のために奉仕する「志」も必要です。今回ワールドカップで日本の女子サッカーチームが世界一になりました。世界一になったおかげで、東日本大震災で被災された人々や子供たちに多大の夢と希望を与えました。彼女たちの小さな「夢」が大きな「志」となって生かされたことになります。

「夢」を持って生きて、その結果、公共に奉仕する精神、「志」を忘れないことが大切です。今の民主党の菅首相を見ますと「総理大臣になる夢」は実現されたのですが、失策ばかりして国を滅ぼす寸前まで日本を追い込み、保身のために辞任しょうとしません。彼の言う言葉、「東日本大震災の復興にめどがついたら辞任する」を繰り返すばかりです。

私が一番、腹が立った言葉があります。それは菅首相の「総理を辞めたら四国巡礼の旅に出る」という言葉でした。菅首相、あなたには「夢」があっても「志」はないのか、と問いたい。あなたが言うべき言葉は「総理を辞めたら、一個人として東日本大震災の救援活動に専念したい」というべきである、と思います。菅首相は私はあなたが大嫌いです。


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