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吉田松陰先生の死生観と山上憶良の死生観

吉田松陰先生の死生観と山上憶良の死生観
吉田松陰先生は安政6年(1859年)10月27日、評定所から「死罪」が言い渡され、即日処刑が行なわれました。30歳という若さでした。「留魂録」は、吉田松陰先生が処刑直前に江戸・小伝馬町牢屋敷の中で書き上げられ全十六節からなります。第八節に吉田松陰先生の「死生観」が書かれています。

第八節
  一、今日死を決するの安心は、四時の順環に於て得る所あり。蓋(けだ)し、彼の禾稼を見るに、春種し夏苗し秋苅り冬蔵す。秋冬に至れば、人皆その歳功の成るを悦び、酒を造り、醴を為り村野歓声あり。未だ曾て西成に臨んで歳功の終るを哀しむものを聞かず。

吾れ行年三十一。事成ることなくして死して禾稼の未だ秀でず実らざるに似たれば、惜しむべきに似たり。然りとも義卿の身を以て云えば、是亦秀実の時なり。何ぞ必ずしも哀しまん。何となれば、人事は定りなし。禾稼の必ず四時を経る如きに非ず。十歳にして死する者は十歳中自ら四時あり。二十は自ら二十の四時あり。三十は自ら三十の四時あり。

五十 百は自ラ五十、百の四時あり。十歳を以て短とするは惠蛄(夏蝉)をして霊椿(霊木)たらしめんと欲するなり。百歳を以て長しとするは霊椿をして惠蛄たらしめんと欲するなり。斉しく命に達せずと。義卿三十、四時已に備亦秀。亦実その秕たると、その粟たると、吾が知る所に非ず。若し同志の士、その微衷を憐み継紹の人あらば、乃ち後来の種子未だ絶えず。自ら禾稼の有年に恥ざるなり。同志其是を考思せよ。

解釈を古川薫著「吉田松陰 留魂録」から記載します。
一、今日、私が死を目前にして、平穏な心境でいるのは、春夏秋冬の四季の循環という事を考えたからである。

つまり、農事で言うと、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬にそれを貯蔵する。秋、冬になると農民たちはその年の労働による収穫を喜び、酒をつくり、甘酒をつくって、村々に歓声が満ち溢れるのだ。この収穫期を迎えて、その年の労働が終わったのを悲しむ者がいるというのを聞いた事がない。

私は三十歳で生を終わろうとしている。

未だ一つも事を成し遂げることなく、このままで死ぬというのは、これまでの働きによって育てた穀物が花を咲かせず、実をつけなかったことに似ているから、惜しむべきことなのかもしれない。

だが、私自身について考えれば、やはり花咲き実りを迎えたときなのであろう。なぜなら、人の寿命には定まりがない。農事が四季を巡って営まれるようなものではないのだ。

人間にもそれに相応しい春夏秋冬があると言えるだろう。十歳にして死ぬものには、その十歳の中に自ずから四季がある。二十歳には自ずから二十歳の四季が、三十歳には自ずから三十歳の四季が、五十、百歳にも自ずから四季がある。

十歳をもって短いというのは、夏蝉を長生の霊木にしようと願うことだ。百歳をもって長いというのは、霊椿を蝉にしようとするような事で、いずれも天寿に達することにはならない。

私は三十歳、四季はすでに備わっており、花を咲かせ、実をつけているはずである。それが単なる籾殻なのか、成熟した栗の実なのかは私の知るところではない。

もし同志の諸君の中に、私のささやかな真心を憐れみ、それを受け継いでやろうという人がいるなら、それはまかれた種子が絶えずに、穀物が年々実っていくのと同じで、収穫のあった年に恥じないことになるであろう。

同志諸君よ、このことをよく考えて欲しい。


以上のように潔きよい「死生観」です。死に際しても平静かつ潔い松陰先生の姿に、首切り役の山田浅右衛門は胸を打たれ、その様子を後世まで伝えています。

ところで逆に生に対しての執着が強いのが万葉歌人の山上憶良です。また命の尊さにこだわった人もおりません。そのために彼の短歌を読み上げる歌人としての活動は、60歳代の半ば頃に本格化し、70歳過ぎても衰えることがありませんでした。生へのこだわりがなければ、ありえないことでしょう。

その憶良が、人生の黄昏を前に詠んだ歌が、「万葉集」巻5・804に収められています。「世間の住り難きを哀しめる歌」と題するものです。吉田松陰先生の「留魂録」と比較すると大変に面白いものです。もちろん処刑と天寿を全うする死に方とは違います。

―世間(よのなか)の住(とどま)り難きを哀しめる歌一首、また序
集め易く排し難し、八大辛苦。遂げ難く尽し易し、百年の賞楽。古人の歎きし所、今また及ぶ。所以因(かれ)一章の歌を作みて、以て二毛の歎きを撥(のぞ)く。其の歌に曰く、
  世間(よのなか)の すべなきものは 年月は 流るるごとし
  取り続き 追ひ来るものは 百種(ももくさ)に 迫め寄り来たる
  娘子(をとめ)らが 娘子さびすと 唐玉を 手本に巻かし
  白妙の 袖振り交はし 紅の 赤裳(あかも)裾引き
  よち子らと 手携(たづさ)はりて 遊びけむ 時の盛りを
  留みかね 過ぐしやりつれ 
  蜷(みな)の腸(わた) か黒き髪に いつの間か 霜の降りけむ 
  丹(に)の秀(ほ)なす 面(おもて)の上に いづくゆか 皺か来たりし 
  ますらをの 男(をとこ)さびすと 剣太刀 腰に取り佩き 
  さつ弓を 手(た)握り持ちて 赤駒に 倭文鞍(しつくら)うち置き 
  這ひ乗りて 遊び歩きし 世間や 常にありける 
  娘子らが 閉鳴(さな)す板戸を 押し開き い辿り寄りて 
  真玉手(またまで)の 玉手さし交へ さ寝し夜の いくだもあらねば 
  手束杖(たつかづえ) 腰に束(たが)ねて
  か行けば 人に厭(いと)はえ かく行けば 人に憎まえ
  老よし男は かくのみならし 玉きはる 命惜しけど 為むすべもなし
反歌
  常磐なすかくしもがもと思へども世の事なれば留みかねつも(805)
神亀五年七月の二十一日、嘉摩(かま)の郡にて撰定(えら)ぶ。筑前国守山上憶良。

世の中で、どうしょうもできないものは 年月は 流れるように年を取ることだ、そのような思いで、憶良は時の流れの止めがたきことを知りながら、去りし日の青春時代と、いま生きる老齢の自分とを対比させつつ、己の生き様を振りかえったものだが、この歌だと思います。

解釈しますと、世の中で、どうしょうもできないものは 年月は 流れるように年を取ることだ、そのような思いで、憶良は時の流れの止めがたきことを知りながら、去りし日の青春時代と、いま生きる老齢の自分とを対比させつつ述懐しますと、娘女たちが娘女らしく舶来の唐玉を手に巻いて、同輩の仲間たちと手に手を取って風流を楽しんだ、その娘女時代の盛りを留めかね、時が過ぎて行ってしまうのにつれて、蜷の腸のように真っ黒な髪が、いつの間に霜が降りてしまい、紅の顔の上に、どこからか皺がやって来た。

大夫が男子らしく剣や大刀を腰に帯びて、狩弓を手に握り持って、赤駒に倭文の鞍を置き、よじのぼって馬に乗り狩りをして行く、そんな人の世がいつまでもあるだろうか。

娘女たちが寝る籠の板戸を押し開き、探り寄って、玉のような美しい腕を差し交わして寝た夜が、そんな夜など幾らもないのに、手束の杖を持って腰にあてがい、あちらに行っても人に嫌がられ、こちらに行っても人に憎まれて、年老いた男というのはこうしたものらしい。魂が宿るこの命は惜しいけれども、嫌がられ憎まれて、どうしようもない。

反歌も解釈します。常磐のようにいつまでもこうありたいと思うけれど、この世の定めなので、留めることができない。

若くて美しさを自慢した乙女もやがて髪が白髪になり、颯爽と馬に乗って遊び歩いた若者のも、いつまでも若いままにはいられません。決して憶良は老いてゆくことを恐れたのではなく、若い時期を回顧して、今の老いた自分の生きることへの意味を確認したような歌なのです。

吉田松陰先生の「死生観」は、幕末の草莽の志士たちと同様に「孟子」の「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず」の「死生観」です。

2月21日に法務省は、刑が執行された3人の死刑囚が発表しました。茨城県土浦市で平成20年に起きた9人殺傷事件の金川真大死刑囚(29)=東京拘置所=のほか、小林薫死刑囚(44)=大阪拘置所=と武藤(現姓加納)恵喜死刑囚(62)=名古屋拘置所。

3人の死刑囚は処刑を前にして、自分の行ったことを反省し、生への執着を強く持ったかもしれません。あるいは反省の結果、死を望み、死刑を覚悟したかもしれません。揺れ動く心境は報道されていませんが、彼らは歴史上の偉人ではなく、犯罪者としての責任を取らなければなりません。

谷垣法相は就任後、「法の下でやるべきことはやらないといけない」と執行の可能性に言及していました。「国民感情、被害者感情からみても、死刑制度を設けていることは相応の根拠がある」との見解を示しています。死刑囚は命の重さを背負って、遺族に対して深く反省しなければなりません。3人の死刑囚に言いたい、吉田松陰先生の言葉に「過ちがないことではなく、過ちを改めることを重んじよ」

山上憶良も「銀(しろかね)も金(くがね)も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも(803)」と詠んでいます。銀も黄金も玉も何になる、子の宝には及ばない。3人の死刑囚も親がおり、どんな親でも子供の幸福を願います。残された遺族の悲しみを考えますと、死刑は廃止できません。

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木村

とても興味があり、意味も分りやすく説明して頂きとても参考になりました。しかし読み方がわかりません。
第八節全てひらがなで読み方を教えて頂けませんか。
by 木村 (2017-09-21 12:07) 

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