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「比翼の鳥、連理の枝」は夫婦円満を意味する。

「比翼の鳥、連理の枝」は夫婦円満を意味する。
平成29年・皇紀2677年は丁酉の年です。「酉年」ですので鳥に関するお話しをします。「天にあっては比翼の鳥となり、地にあっては連理の枝とならん」。これは、中国唐代の詩人白居易(白楽天、772-846年)の長編叙事詩「長恨歌」の中の有名な漢詩の一節です。安碌山の乱が起きて都落ちすることになった玄宗皇帝と楊貴妃の愛のエピソードを歌ったものです。

「比翼の鳥」は、一眼一翼(一説には、雄が左眼左翼で、雌が右眼右翼)の伝説上の鳥です。地上ではそれぞれに歩きくますが、空を飛ぶ時はペアになって助け合わなければならなりません。このことから、後の人は仲のいい夫婦を「比翼の鳥」に譬えるようになったと言われています。

 一方、「連理の枝」は、東晋(317-420年)に著された小説集「捜神記」(そうじんき・干宝が著した小説集)のある説話に由来してます。「連理の枝」は並んで生えている二本の木が、枝の部分で一つに繋がっているという伝説上の樹木のことです。

戦国時代、宋の国の大臣・韓凭(かんひょう)と夫人の何氏はとても仲の良い夫婦でした 
。当時の宋の国王、康王は酒色におぼれ暴君として有名でした。康王は美貌の才媛何氏を気に入り自分の女性にしょうとして韓凭を監禁してしまうのでした。そして何氏は康王と出かける際に高台から飛び降り自殺し、夫の韓凭も跡を追うように自らの生命を絶ったのでした。

愛し合っていた夫婦を死に追いやった康王は激怒し、この二人を同じお墓には入れず別々に埋葬したのです。それから数日後、それぞれの墓から木が生えてきて、枝が互いに結び根もつながってからみついたました。そして、その木の上ではつがいの鳥が何とも物悲しい声でさえずりあっていた、ということでした。

 当社の境内に「連理の木」と呼ばれいる「夫婦楠」があります。樹齢数百年の2本の楠木が2メートル間隔で植えられているのですが、長い年月の間に根っこが地中深く絡み合ってしまいました。一つの根っこで2本の楠木が生きている状態です。地上で2本の楠木の枝も連なり手をつないでいるように見えます。そのことから「縁結び」「夫婦和合」などの象徴として信仰の対象ともなっています。2本の楠木も大阪市指定の保存樹になっています。

       楠木.jpg

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