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「エンディングノート」について

「エンディングノート」について
最近、高校・大学の同級生、幼なじみが亡くなることが多くなりました。年齢的に結婚式に招待されるより葬式の方が多くなりました。それだけ私も年をとったという事です。当然、孫もできていますのでおじいちゃんと言うことです。

昨年、亡くなった友人は12回も手術をしました。おそらく本人はこの世を去ることを覚悟していました。彼から死ぬ前に何度も携帯電話で話すことができ、彼から最期の別れの言葉も聞きました。

今でも悔やまれるのは静岡県に住んでいた大学時代の親友のことです。彼は突然消えるような最期でした。当時、彼は静岡県で高校の校長をしておりました。定年前の12月に癌が発見され、すでに手遅れの状態でした。12月の初めに入院先の静岡の病院へ見舞いに行ったのですが、翌年の1月7日にこの世を去りました。ご存知の通り正月は神社が一番多忙なときで葬式に出られなかったことが今でも悔やまれています。来月に彼が眠る浜松市のお墓に参りたいと思っています。

私事ですが、平成15年4月には先代宮司が8月には母親が亡くなりました。共に高齢でしたので、二人とも死を覚悟していました。両親とも孫に囲まれてこの世を去りました。先代は「エンディングノート」を書いていましたので、「延命措置はいらない」「知り合いの病院で世話になった医師のもとで死ぬ」。また神葬式の斎主まで決めていました。「交通渋滞になるので神社では神葬式はしない。会館で執り行ってほしい」など事細かく書いてありました。

また先代から「お母さんは家族葬で行え」と指示されていましたので、そのように行いました。

先代の場合、医師から余命は3ヶ月と宣告されていましたので、神葬式の準備は完全にできました。母親も夏まで持てばよいかもしれないと宣告されていましたので、両親共に神葬式の準備をしなければなりませんでした。平成15年は人生で一番疲れました。

しかし両親がこの世を去ってからがたいへんでした。先代の「エンディングノート」には書かれていないことがあったのです。書籍は別にして、先代はおしゃれで1年に一回はスーツを誂えていました。靴も特注でした。

先代の身長は165センチありました。私は182センチ、息子は185センチあります。スーツもワイシャツも着ることはできません。いとこ達や親戚も合いません。洋服の始末に困りました。母親は母親で単行本の小説が大好きで何百冊の本と趣味の人形やこけし類が山と有りました。さらに両親たちの手紙も多くありました。

長生きすれば本人たちの思い出が込められた様々な「荷物」が増えて行く物だと思いました。長寿になればなるほどその荷物は増えるばかりです。一番家族にとって困る物は写真やアルバム・手紙です。両親が子供のときの写真や友人たちと取った写真、両親の結婚式の写真など、両親や祖父母の思いがこもっていると、不用意に捨てられないのです。

両親は別にして祖父母の若いときの写真や記念写真などを収めたアルバムを残しても、孫の時代は誰も見ないし誰が写されているのか分からないと思います。今だに大正時代のガラス板のフィルムもあります。祖父母が大好きな瀬戸物のレコード盤があります。落とせば割れますし、回転数が速いので聞く蓄音機もありません。骨董品だけが増えてばかりです。

両親のものだけで、だいたい3tトラック1台分の物品を処分することになりました。

自分がどういう逝き方をしたいのかを家族に伝える「エンディングノート」も必要ですが、
生きている間に不要なものは棄ててほしいものだと思いました。家族が故人の遺品整理に頭を抱えることなことにならないようにすべきです。生きているうちに自分の手でひと思いにすべて捨ててしまうのも方法だと思います。

「エンディングノート」にアルバムや手紙は『遠慮なく捨ててください』と記載してほしいと思います。一筆でもあれば、家族も処分しやすくなります。

亡くなった友人の父親がAVの趣味を持っていて、友人の家族たちが、遺品の整理中に見つけるというケースがありました。『なんだ、おじいちゃんHだったのか』と陰口を叩かれたそうです。友人の母親は『こんな恥ずかしいことはなかった』と言っていました。

子孫のために威厳を保つためにも、元気なうちにキレイさっぱり整理しょう。


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