So-net無料ブログ作成
検索選択

上海の友人の話し

上海の友人の話し
昨夜、上海に住む友人から電話がありました。彼は上海人民政府の高官をしています。どうやら奥方や親戚が株の売買をしているようです。彼の電話では株の売買をしている上海人は日本の報道されているような、パニックや慌てふためいている様子もない、と言うことです。

彼は上海市の大学を卒業し、それも中国では超一流の大学で経済学を専攻し国費で京都大学の大学院に留学経験があります。「株式投資はリスクが伴う」と言うことは友人は知っています。本来ならば友人の家庭では大パニックですが、電話の様子では何ら慌てふためいる様子はありません。

株の上海市場と日本国内の投資家では大きな違いがあります。中国では個人株主の子とを「股民」と呼ばれています。「股民」の多くは親族が政府の役人であったり、息子や娘が役人であったりします。そのために「股民」の多くは一般市民より政府の情報をいち早く入手して株の売買をしていました。

過去にも株が下落すると政府は大小に関わらず株式市場への介入をしており、売買差益は
「股民」の生活を豊かにしていました。「股民」の多くは「我々を政府は見捨てたりしない」という確信の元に売買を繰り返していたのです。

「股民」は親族から得た政府の介入を早くから知っているために、株が下げたところが買い、高値で売るという図式で大もうけしていたのです。ところが上海市場・深圳市場の下落は予想以上に下落しているにも関わらず、株の世界同時安にも関わらず、「股民」は動じません。

彼らは企業動向ではなく政策動向を読みながら投資を行ってきたので、今回の株価の乱高下においても、政府の救済策の展開を待たずに、救済資金引き揚げの可能性などの情報を待たずに逃げてしまったのです。

「股民」は政府の情報を知っているために、世界株安になる前に、売り逃げたのです。結果的に純粋な庶民の投資家は敗退したと思います。政府が下支えしたところで、庶民の株主には利益は回ってこないのです。

上海の友人は大学では、京都大学で「政府が市場に介入するべきではない」と教わったと言っていましたが、「股民」は政府関係者であるために、売買も損益を出すこともないのです。中国ではそんなことばかりだとも言っておりました。

nice!(1)  コメント(0) 

イタリアでの広島・長崎原爆忌の式典

イタリアでの広島長崎原爆忌の式典
ネットから引用します。
ご存知でしたか。イタリアでも、広島・長崎原爆忌の式典を毎年ローマの万神殿の前でやって頂いています。

ただ日本で知名度がないので、この時期大量にローマに来ているはずの日本の観光客が全く参加してくれない事を残念がっていた。誰でも参列できます!
イタリアの原爆慰霊祭.jpg

当社でも8月9日の長崎原爆投下の日に広島と長崎の犠牲者の慰霊祭は行っています。なぜならば9日は私の誕生日であり、先代より「お前の誕生日は多くの方が犠牲になった日なので一生涯、広島と長崎の鎮魂を執り行え」と教えられていたからです。
nice!(0)  コメント(0) 

「集団安全保障」と「集団的自衛権」の区別

「集団安全保障」と「集団的自衛権」の区別
「集団安全保障」と「集団的自衛権」は混同されがちですが、これは異なる概念です。
「集団安全保障」は国際社会全体の平和に関する概念に基づいています。 具体的には、「国連憲章」に基づき、侵略行為など取り決めに違反した国に国連加盟国がそろって制裁を加える仕組みのことです。もちろん 決めるのは「国連安全保障理事会」です。日米同盟による「日米安保」とも違います。

それから、もう一つ重大な問題点があります。国連の安保理全体が「適切な措置」を考えだしたとしても、常任理事国(アメリカイギリスフランス、ロシア、中国)には拒否権がありますので、この5カ国のうちの1カ国でも反対した場合には、その「適切な措置」は実行に移されません。

「集団安全保障」では結論をなかなか出せません。時間がかかりすぎて実際に機能しない可能性もあります。そのよう場合を想定て国連では、「適切な措置」が実行されるまでの間、「個別的自衛権」と「集団的自衛権」という自衛の権利を行使してもよいと、国連加盟国のすべてに対して認めているのです。

国連憲章第51条に「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」つまり、国連に助けを求めても、常任理事国には拒否権があり、すぐ助けに来れないので、来るまでの間、単独、もしくは同盟国と力を合わせて、戦ってもいいよ、ということなんです。それが「個別的自衛権」と「集団的自衛権」なのです。
 
補足をすれば、安保理が措置をとるまでの間、安保理に報告することを前提に、「個別的自衛権」及び「集団的自衛権」の固有の権利を害さないということです。言い換えれば、
「集団安全保障」が機能するまでの間は、今国会で問題となっている「集団的自衛権」を認めると理解できるのです。下記の答弁書を読んでください。

平成16年6月18日 衆議院 政府答弁書 (内閣総理大臣小泉純一郎)

「集団的自衛権とは、国際法上、自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止することが正当とされる権利と解されており、これは、我が国に対する武力攻撃に対処するものではなく、 他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止することを内容とするものであるので、 国民の生命等が危険に直面している状況下で実力を行使する場合とは異なり、 憲法の中に我が国としての実力を行使することが許されるとする根拠を見いだし難く、政府としては、その行使は憲法上ゆるされないと解してきたところである。」
 
ここでは、日本国政府としての「集団的自衛権の解釈」と、「憲法の中に、我が国が実力を行使することが許される根拠がない」ということが書かれていると思います。ということは、一般論としての集団的自衛権は、国家の基本権として否定はされていないと読んでいいのだと思います。

私の理解力で記載すれば、「日本国憲法の中に我が国としての集団的自衛権の保有を許されないとする根拠を見いだし難く、その保有は憲法上否定することはできない」という感じになります。
簡単に言えば、「集団的自衛権を保有しているとするのは、憲法違反ではない」ということではないでしょうか。
 




nice!(0)  コメント(0) 

「クンジョル」について

「クンジョル」について
国際会議出席のため韓国を訪問中の鳩山由紀夫元首相は8月12日、日本の植民地時代に独立運動家が投獄されたソウルの西大門刑務所の跡地にある歴史館を訪れました。
聯合ニュースによると、鳩山氏は独立運動家らを追悼するモニュメントの前で靴を脱いで献花した後、ひざまずいて合掌し、頭を下げた、ということでした。

普通の日本人でしたら土下座で誤っていると思われます。事実ネットの反響は次の通りでした。

・布敷いて土下座は韓国の墓参りのスタイルだから合わせたんだろうけど 、果たして欧米人だったらここまでやるのか? 日本人にとっては屈辱的なスタイルだよね。

・元総理って肩書きを最大限に利用してるよね。クリミアもそうだし。こいつ日本から追放して欲しいよ。

・余計な事すんな!

・永久に国外追放でいいよ

・鳩山のドアホ!!!!!!!!!!

ネットで調べても鳩山由紀夫元首相の行為は土下座して謝罪しているしか思われませんが、別に鳩山さんを擁護するつもりはありませんが、この拝礼の仕方は韓国式で「クンジョル」と言われている作法です。「クンジョル」は最上位の敬意を示す作法であり、屈服の意を示す土下座とは全く別物です。

韓国の友人の父親の葬式で「クンジョル」を初めて教えてもらったことがあります。膝をつく深いお辞儀のことで、焼香の際には遺影に向かって「クンジョル」を2回、立った状態てで1回お辞儀をします。韓国の友人が彼女と結婚が近いので両親に挨拶をするときにはクンジョルを1回したそうです。

韓国の友人が当社に来て参拝するときには二拝二拍手一拝の作法を何の問題もなく行います。今回の鳩山さんの「クンジョル」の作法もこの人の前歴と人望のなさが誤解を生じさせるのです。毎月、母親から当たり前のように数千万円を貰い、民主党の政治資金に使うなど常識的な考え方ではない常軌を逸したところがあるからです。

例えばクリミア問題でも勝手なことしてた前歴がありますので、対外的にはあくまでもこの人は「日本国元首相」という立場のある人なんだから、野放しにやりたいことさせていると国益を損じる可能性があります。

民主党は鳩山元首相の暴走に見て見ぬふりしていますが、民主党の創設者は鳩山由紀夫なのですから、この御仁を首相に担ぎ出したのも民主党や小沢一郎さんなのですから、ちゃんと責任を持って監視監督してください。

nice!(0)  コメント(0) 

日本の武器は「知力」と「精神性」

日本の武器は「知力」と「精神性」
当社の裏側に椿本チエインという会社がありました。昭和20年8月15日、ポツダム宣言を受諾し、我が国は敗戦となりました。それから数ヵ月後 GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の命令で米軍が椿本チエインの敷地に占領軍としてやってきました。

先代も公職追放となり、京都の下賀茂神社を辞職し当社の宮司になっていました。先代も母親も祖母も米軍とうまく神社の運営が出来るのか不安で仕方がなかったと思います。その時に先代は神様の啓示を受けたのかもしれません。先代は大東亜戦争の敗戦の原因は米国との経済力と資源の差であると思いました。つまり米国の3分の1の人口、領土は米国の25分の1です。領土も7割が山なのです。そんな最貧国が大金持ちと戦争するのですから、負けて当たり前なのです。

先代は資源や経済力がない我が国が、唯一米国に勝てるのは、教育力と精神性が優れてるところだと気が付いたのでした。米国に勝てるのは「知力」だと思ったそうです。力で米国に勝てないので日本人の頭の良さで勝負すると言うことでした。

2度も原爆を落とされ、多くの軍人でない人たちが亡くなられましたが、復讐心に燃えて戦争することは2度と許されない行為だ、知力と精神性で日本を再建することが一番の方法だと考え、国民の多くもそうですが、先代も一生懸命に働きました。

その結果、2度と復活できないと思われた我が国は知力を持って成長し続け、賠償金も支払いました。多くの先人が戦後の混乱した状況から頑張って、今の豊かな日本を再建してくれたのです。英霊に感謝しなければなりません。

先代は頭の良さで、戦争ではなく頭脳で米国を追い抜くことに気が付いたのです。母親は英語が出来ますので占領軍と会話をし、神職と言う言葉を訳せなかったので、先代はいつも神職の着物姿でしたので「さむらい」という言葉を使ってしまったのです。

占領軍は先代を「さむらい」と思って恐がっていたのです。当社の近くには占領軍の兵隊を相手する女性も多く住んでいましたが、先代や母親・祖母は本当に気の毒と思い親切に接していました。占領軍の基地が神社の裏にありましたので、門限を破って女性のところから帰るには神社の境内を通り塀を乗り越えなければなりません。

「さむらい」の先代に見つかると恐いのと母親が英語が出来るので上官に報告されるのを恐れて、社務所の玄関に通行料の名目でお菓子やタバコを置いていました。

姉は幼い頃、とても可愛かったので、故郷に子供を置いてきた米兵にとても大事にされていました。クリスマスの際にはキャンディやガムなど頂きました。私が始めて手術したのは占領軍の診療所でした。お尻に大きな腫れ物ができ、それを取るには占領軍の軍医しかいなかったのです。母親が頼み込んで手術をしてもらいました。入院も3日間させられましたが、看護婦さんの巨体とボインに圧倒され、トイレが水洗ということも驚きました。食事も食べたこともないスープやパン、軍用犬の餌も私のところで飼っていた犬よりも贅沢でした。

そんな占領軍も朝鮮動乱で昭和26年の年末までに大半は朝鮮へ移動しました。その多くは戦死したそうです。鶴見の人の偉いところは、出兵する米軍に千人針をお守りとして持たせて行かせました。

以前の敵国にこのようなことが出来るのは日本人の教育、精神性が優れてるからです。普通なら廃墟となった国土で、しかも治安が悪い環境で、助け合いの精神と知力を使って成長し復活させた国、それが日本です。だから、米中英露仏の大国は日本人の頭の良さと精神性を恐れているのです。

最近は中国脅威論が叫ばれ、米中は覇権争いで対立していると言われていますが、
日本の武器は知力と精神性。だから日本は他国が持たない知恵を生かし、もっと上手に外交で立ち回らなきゃいけないと思います。

nice!(0)  コメント(1) 

死にざまを考える

死にざまを考える
最近、そんなに死ぬことが怖くないのです。昭和45年11月25日の楯の会の三島由紀夫先生や森田必勝先輩の自決、いわゆる楯の会事件のときのように死への恐怖があまりないのです。かって胃がんと診断された時もこれで楽に死ねるのかと思いがありましたが淡々として死への恐怖はなかったのです。
 
今年の8月9日、65歳になりましたが、私の頭の中では20歳のままでいます。45歳の三島先生と25歳の森田さんのままであることに変わりのない人生を45年も歩んで行きました。背中に入れ墨はないのですが、稼業人と同様に随分と無茶苦茶な人生と歩んでまいりました。何度も死ぬことを考えました。

特攻隊と同様な死に方が私に合っているようだとも考えました。自殺も考えました。しかし特攻隊員として、父を母を、家族を守るために散花した記録は私にはありません。65歳過ぎの老兵としては、今の若い奴らのちゃらちゃらの生きざま、民主党やマスコミの偏向をグッと我慢して見ておりますが、過去に三島先生や森田さんのようにこんな厳しい生き方をした若者が居たということを知ってほしい、と思うので長生きをしてしまいりました。

明日にはわが命はないという、極限状態に置かれた生きざまは明治維新を成し遂げた無名の志士達の死生観と同じです。私には大和民族の血が流れております。常識論ではなく戦後教育の民主主義ではなく、世界の常識では割り切れない、アルカイダーやイスラム国には理解できるかもしれませんが、私には持って生まれた日本精神という唯心論的なものがたぎっており、天性からこういう人生観、思想などが形成されたと思っています。

日本人には常にDNAの中に、大和魂、伝統保守、皇室尊崇の念があると思います。真の日本人であれば、必ず私のような人生観、思想というものが心の奥底には必ずあると信じています。

昨日、私が大学のときに薫陶受けた岸信介先生の孫、安部首相の談話を聞けば、満州事変や日華事変に進まなければならぬ理由、大東亜戦争に突入せざる理由、北方領土を奪われた理由、ポツダム宣言受諾により戦犯として処刑された理由、戦犯が存在しない理由など全く触れていない、ことが不満です。

国民の財産と生命を守る首相ではない者は、何とでも言える、と思います。自分の感情を殺してぎりぎりのところで、妥協と理性と冷静さをもって、首相談話が発表されました。
戦後70年の談話を何も発表しなければ、いちばん楽だったと思います。長州人の意気込みは十津川郷士の末裔には理解できます。

人生で一番重いものが生と死です。特に死は生きている人にとっては思い出として残ります。時代とともに、きれいに抹消されるものです。生きてるときの功績よりも不思議なくらい忘れられます。事実20歳前後の若者に楯の会事件もほとんど知りません。

私の著「幕末入門書・志士達の死生観」を発刊した時よりも、死を考えることは生を思うことは若者たちには無縁となりつつあります。生と死の表裏一帯です。30歳も満たない若者たちが、特攻隊として死を賭して戦い、良く生きたと思います。しかしながら短い人生を後世語り継がれる一生だと思います。彼らには守るべきものがあっての死なので、今日あるのは彼らの犠牲であることを忘れてはなりません。

歳をとれば怪我や病気が多くなります。これからは、難しく考えずに、怪我しないよう、病気しないよう注意して、老体を大事にしなければならぬとは思いません。家族や両親を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊のご冥福をお祈りをする靖国神社に参拝できぬ安倍総理の無念をはらす為に、靖国神社にお祀りされています吉田松陰先生の霊魂とともに「志士は溝壑(こうがく)に在るを忘れず」をそろそろ老人たちで実行しょうと思います。




nice!(0)  コメント(0) 

残り少ない人生

残り少ない人生
昭和40年当時、東大闘争、全学共闘会議(全共闘)と呼ばれる運動形態が現れ新左翼系の学生運動が盛んなときでした。昭和44年国際反戦デーでは全国で投石や火炎ビンなどによる闘争が繰り広げられ、さながら市街戦状態になりました。いわゆる全学連といわれる学生たちと激しく機動隊はぶつかり合いました。

その中で全学連、全共闘に対抗する恒常的な組織として結成されたのが長崎大学学生協議会でした。代表が椛島有三さんでした。現在の日本会議事務総長です。それが長崎大学から、大分県の別府大学に広がり井脇ノブ子さん(元衆議院議員)、大分大学では衛藤晟一さん(参議院議員)でした。それが全国の大学に広がり全国学生自治体連絡協議会、通称全国学協と呼ばれました。その前後に早稲田大学を中心に日本学生同盟が結成され、世間では「民族派」あるいは「新右翼」とも言われました。

全学連、全共闘の出身の多くは昭和47年の赤軍派あさま山荘事件で普通の社会人に戻りました。ところが全国学協や日本学生同盟のOBは65歳から70歳前後になりましたが、何らかの形で現役を続けています。

大きく分けますと、鈴木邦男さんが結成しました政治結社「一水会」、猪瀬元知事から数百万円貰ったことで有名になりました。椛島有三さんは全国学生自治体連絡協議会のOBが中心となって「日本協議会」を結成されました。三つ目は私も結党に参加しました魚谷哲央さんの「維新政党・新風」です。

この三つの団体には共通点があります。何らかの形で自決された三島由紀夫先生や森田必勝さんとの同志的な繋がりおよび「楯の会」の元会員と関係が深いのです。さらに憲法改正・自主独立・自主防衛の日本を改革しょうとする目的です。

三つの団体はそれぞれの個性と特徴があります。「一水会」の活動会員数は約100名ほどですが、機関紙「月刊レコンキスタ」は毎月、3,000部発行されています。

「日本協議会」は機関誌「祖国と青年」を発行しています。「日本協議会」の強みは椛島有三さんの人脈にあります。日本会議の事務総長として神社界・仏教会・政界などの幅広い人脈です。椛島さんや参議院議員の衛藤晟一さんは大先輩になりますので、私は頭が上がりません。今月の3日に二人にお会いし挨拶しましたが、緊張します。

私が所属する「維新政党・新風」は政党政治で選挙によって日本を変革させようと魚谷哲央さんが18年前に結党しました。一時党員は1万人いましたが、参議院議員通常選挙に5回も10名ほど立候補をさせましたが落選で供託金を没収されたために資金難となり党員数が減り1200名となりました。全国、37都道府県に支部があります。

私も今年で65歳になりました。宮司と言う立場もありまして、なかなか活動できないのが実情です。20歳のときに三島由紀夫先生や森田必勝さんの自決が自分の生涯にとって大きな意義となっています。全国学協の2代目の委員長吉田良二さんの病死、楯の会1期生で「維新政党・新風」の結党に参加された阿部勉さんの病死、持丸博さんの病死、大東塾の影山先生の自決、野村秋介さんの自決、三浦重周の自決、昔からの同志や尊敬する人たちが亡くなり、生き残りも辛いものがあります。

このまま老害を晒すのも考え物です。西郷隆盛先生の言葉に「幾度か辛酸を経て、志始めて堅し。丈夫玉砕して甎全(せんぜん)を恥ず。」があります。65歳になりまして、宮司として人生を終えるのか、長男に宮司の職を譲り、残された僅かな人生を有意義に生きたいと考える今日この頃です。

nice!(0)  コメント(0) 

「何でも反対」だけでは議論にならない。

「何でも反対」だけでは議論にならない。
戦後の左翼系のリベラルと称される人たちの思想の基本は、憲法特に第9条を守り、不戦の誓いと侵略戦争の反省を絶えずすることが平和を守ることだと言ってきました。それが特定秘密保護法反対・米軍普天間基地の辺野古移設反対・集団的自衛権行使反対・反原発という形式で、「何でも反対」して対案を示さない、反対するのがリベラルと称される人たちでメディアといえば、朝日新聞や毎日新聞、東京新聞沖縄タイムズ、琉球日報だと思います。

与党の人たちは言わないですが、近年米国が「世界の警察官」を辞めると言い出しているのです。日本は世界の中で生き残れるのか、国民の生命と財産をどのようにすれば守れるのか、経済・外交・安全保障等の分野で、真剣に考えるときが到来したのです。

日米安保では、米国は米兵の血を流してまで我が国を守ることは不可能になってきたのです。それと昨年の「イスラム国」(IS)による日本人人質事件を見ましても、日本の情報収集力を伴った外交では友好な手段は何も手を打つことは出来なかったのです。後藤健二さんと湯川遥菜さんを救出することは出来ませんでした。

将来、外国で多数の日本人が人質に囚われても友好な手段を取れないのが現状なのです。これからも対米追従ではなく、日本政府が独自に考えなければいけない問題は次々と起きてきます。

日本が戦後平和だったのは、平和憲法のためでも運が良かったからでもないのです。米国が「世界の警察」だと言わしめるほど強い国であったからです。今でも北と南朝鮮は戦闘停止状態で朝鮮動乱は続いています。当時、共産化を恐れた米軍が世界で一番の火薬庫は南北朝鮮と日本だったのです。紛争が起きれば第3次世界大戦となるために、米ソですら戦争を起こせないほどに危険な地帯だったからです。

現状では中東よりも中国の侵出が日米の最大の懸案となっています。しかしながら米国は軍事力と経済力が衰えて「世界の警察官」ではなくなりました。駐留米兵に日本政府は1人年間1.500万円の資金を搬出していますが、それでも米国は日本人のために米兵の生命を危険にさらしたくないのです。

戦争したく無い、何かあったら米国に守ってほしい、または自分の国の人が拘束されたら、他国に全任せではすまなくなったのです。ところで昨年、中国漁船に漁場を占領された小笠原村の森下村長は安保法案に関して「野党に具体的な対案があれば、もう少し国民の議論が深まったはず」と語りました。真実を語っていると思いました。

戦後、「リベラル」と称する人たちは安保反対、反原発運動に至るまで、「何でも反対スローガン」に終始してきました。最近も野党は政府自民党への対案を示してこなかったのです。

昨日の安倍総理の戦後70年の談話の中に、「次の世代に背負わせるのは終わりにしてほしい」という文言があるように、小さな島国の日本の主権と独立を先送りせずに真剣に国民一人一人が議論すべきだと思います。

nice!(0)  コメント(1) 

平和な平成の御世の中で

平和な平成の御世の中で
毎年、8月15日の時期になりますと、「日本のいちばん長い日」など大東亜戦争に関する映画や報道など目白押しになります。特に最近、目に付くのは各テレビ局の偏向報道です。我が国には所謂「戦犯」と呼ばれる人々はおりません。

昭和28年(1953)8月3日付けの、衆議院本会議の決議は、 全会一致(社会党、共産党含む)で戦犯の赦免を求める決議が可決されてます。そしてサンフランシスコ講和条約第11条2項に東京裁判を行った国の過半数の同意を得た場合は「戦犯」を赦免できることになっています。国会で真剣に取り組み「戦犯」の免責を決議し、それから関係各国に働きかけて行きました。

その結果、昭和31年(1961)3月に「A級戦犯」全員赦免・釈放、昭和33年(1963)5月「BC級戦犯」全員赦免・釈放を実現したのです。したがって日本に「戦争犯罪人」はいないということになります。当然「A級戦犯」も存在しないのです。世界中が納得していることなのです。私の母校皇學館大学の総長であられた岸信介先生はA級戦犯でしたが、総理大臣になられました。本当に戦犯ならば議員もなれません。

マスコミは靖国神社に戦犯が祀られているからだめだ、マスコミは安倍首相が靖国神社に真榊を奉納されても騒ぎ出します。ここで説明します。真榊とは、神事の場で祭壇の左右に立てる祭具であり、五色の絹の先端に榊を立てて、三種の神器を掛けたものを言います。この真榊のための費用は5万円で内閣総理大臣名で安倍さんが個人で支出したものであります。

私が思いますのに、一国の首相として、祖国のために亡くなった方に哀悼の意を捧げるのは当然です。今回もおそらく微妙な中国との関係上、日中関係に亀裂が入ることを考慮して真榊を奉納されると思います。

しかしながら、民主党ならびに一部のメディアは、この行為を糾弾すると思います。首相の今回の行為は、憲法の定める政教分離(20条)に反する、という理由でしょう。それならば国会議員を含む地方議員も盆休みを取るな、クリスマスパーティに行くな、お正月も休むな、と言いたいのです。

以前の小泉さんが首相のときに、アメリカのブッシュ大統領と金閣寺で会談を行いました。これも「政教分離に反する」行為です。しかし批判はありません。公明党は創価学会が母体です。だれも批判しません。お正月に鶴見神社では地元選出の議員さんは参拝されます。だれも批判しません。

小泉氏が首相のとき、彼が尊敬する吉田松陰先生を祀ってある松陰神社に参拝されたとき、マスコミの目の前でニ礼ニ拍手一礼という神道形式で参拝されました。このときそこにいた偏向新聞の記者が「政教分離上どうなのか」と質問してこなかったため、小泉さん自身が「今私は神道形式で参拝をしたのですが、なぜ政教分離に反すると言わないのですか」と逆に聞かれました。記者たちに反論する人は一人もいなかったのです。

仮に安倍首相が東郷神社に参拝されたら「政教分離に反する」行為とマスコミは騒ぐでしょうか。昭和28年8月3日付けの、衆議院本会議の決議で 全会一致(社会党、共産党含む)で戦犯の赦免を求める決議が可決された目線で靖国神社を論じてほしいのです。

昭和10年ごろから昭和20年当時の緊迫した時代に生きた人たちの眼差しで物事を判断してみましょう。南京陥落が近い戦況になったときの東京朝日新聞の昭和12年(1937)12月7日の記事を記載します。

「南京今や風前の灯火、皇軍入城刻々迫る 早くも上海に陥落説」

牙城南京陥落目睫に迫る、の快報は帝都六百万市民に非常な感激を与えているが、東京府、市当局では祝大捷を協議した結果、南京陥落の場合、昼は全市民の旗行列、続いて戦勝奉告祈願祭、それから夜は提燈行列を挙行し、百万人の戦勝祝賀大衆行進により、帝都を旗と堤燈の一色に塗りつぶそうと、今から興奮している。

さらに東京朝日新聞社主催の「従軍報告講演会」が昭和13年12月18日に朝日座で行われています。平成27年に生きるものからすれば、偏向の強い朝日新聞とは考えられない記事です。その当時から朝日新聞が戦争反対の記事でも記載していたら、ぶれない新聞社として尊敬します。

靖国神社に祀られている東條元首相は、「日本を日米開戦に導き、多くの戦死者を出した大悪人」といった感じに思われがちです。しかしそれは平成27年の目線です。昭和の歴史を見れば東條元首相の首相就任自体、日米開戦に反対の昭和天皇の御意向を踏まえ、木戸内大臣が「陸軍を抑えられるのは、東條しかいない」という事で、就任した人物です。

昭和16年12月8日の真珠湾攻撃の日、昭和天皇の御意向に沿えなかった事に対しての懺悔の念から、涙したという話も残っております。必ずしも日米開戦に導いた当事者でもありません。

東條元首相の遺言を『秘録 東京裁判』清瀬一郎著(中央公論新社)から抜粋します。これは昭和23年12月22日夜、死刑執行(12月23日零時)数時間前に、東京巣鴨において、教誨師の花山信勝師の前で東条英機が朗読した遺言の摘要です。

開戦の時のことを思い起こすと実に断腸の思いがある。今回の処刑は個人的には慰められるところがあるけれども、国内的の自分の責任は、死をもって償えるものではない。しかし国際的な犯罪としては、どこまでも無罪を主張する。力の前に屈した。自分としては、国内的な責任を負うて、満足して刑場に行く。ただ同僚に責任を及ぼしたこと、下級者にまで刑の及びたることは、実に残念である。

 天皇陛下および国民に対しては、深くおわびする。元来、日本の軍隊は、陛下の仁慈の御志により行動すべきものであったが、一部あやまちを生じ、世界の誤解を受けたるは遺憾である。日本の軍に従事し、倒れた人および遺家族に対しては、実に相済まぬと思っている。

平成27年の目線で見れば、「戦争犯罪者」のレッテルを貼られるかもしれませんが、昭和23年当時では「戦争遂行最高責任者」なのです。私が考えますのに、大東亜戦争の開戦前夜から敗戦まで激動の時代を最高責任者として多くの戦死者や無差別な空襲や原爆などで亡くなられた人たちを目の当たりにして生きた人を、平成の御世の平和な日本の中で、批判したり評価したりするのは間違っていると思います。


nice!(0)  コメント(0) 

「少子化を心配」するより、世界中の国では「人口の増加を心配」

「少子化を心配」するより、世界中の国では「人口の増加を心配」
8月13日から8月16日まで当社にある「お宮のはり・きゅう・整骨院」は盆休みになります。それで休養が出来るように思われますが、ゆっくりと体を休めることはありません。寺院ほどではありませんが当社も先祖祀りに各家庭に出向きます。

皆さんは、お盆については仏教の行事と考えているようですが、元来は仏教とは全く関係の無い神道形式の日本固有の先祖祀りがもとになっています。それが江戸時代に入りますと、幕府の檀家制度により、庶民の先祖供養を仏式によるよう強制したために、その影響が今日まで続き、お盆は仏教のみの行事と思い込まれています。

当社もお盆の期間中には、境内地にあります護国の英霊の祖霊社を清掃しお供えを致しますし、祝詞も奏上します。当社内にあります「歴代総代の命」と「崇敬者のご先祖」を祀る祖霊舎に季節の物などをお供えし、お祀りします。それが終わりますと、花谷家代々の祖霊舎に家族揃って御先祖さまをお祀りします。

皆さんには何人のご先祖がいらっしゃるか計算したことがありますか。それはそれは恐ろしい数のご先祖がおられます。そこでご両親を1世代前と考えて計算してみますと理解できます。

1世代前 2人 両親
2世代前 4人 祖父母
3世代前 8人 曽祖父母
4世代前 16人
5世代前 32人
10世代前 1,024人
20世代前 1,048,576人
30世代前 1,073,741,824人

花谷家は私で42代目になります。義兄は五鬼助家の61代目になりますので、恐ろしい数のご先祖が存在するということになります。私には42代目の息子がいますが、これすら気が遠くなるほど心細い、奇跡的な生命のリレーの果てに存在しているのです。日本は島国です。日本民族のすべてが、血縁をたどっていけば親戚同士となります。それだけではなく世界中の人々が、ミトコンドリア(細胞のエネルギーの元)・DNAをたどりますと、「人類の祖先」は”15万年前のアフリカにいた「ただ一人の女性・ミトコンドリア・イヴ 」 に到達します。そうしますと人類は親戚だということになります。
 
ところで人類は、ただ一人の女性から現在の「68億人の人類」に増えたといわれています。現在、少子化が問題になっていますが、花谷家の歴史を見ましても少子化の時代もありましたが、血縁のある、つまり遺伝子の一部を分かちあう「親戚」の数と男性だけが持つY染色体が多くいたので血統が連綿とつながってきました。

先代は8男1女で母親は1男7女の兄弟でした。要するに花谷家の女性は多産系の遺伝子を持っているのです。私の代から少子化になっていますが、何も心配はしていません。長い歴史のほんの出来事なのです。それより「少子化を心配」するより、世界中の国では「人口の増加を心配」しているのです。




nice!(0)  コメント(0)