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「どっこいしょ」の語源

「どっこいしょ」の語源
山梨県・静岡県では、富士山の豊かな自然及び美しい景観並びに富士山に関する歴史及び文化を後世に引き継ぐことを期する日として今日の2月23日を「富士山の日」として条例で定めています。

ところで「どっこいしょ」と言う掛け声があります。「どっこいしょ」という掛け声も富士山と関係があります。若い人は使わないと思いますが、荷物を持ち上げるとき、椅子から立ち上がるとき、また疲れて椅子に掛けるとき、「どっこいしょ」という掛け声を発します。また民謡の踊りの拍子などにも使われますこの「どっこいしょ」という言葉には不思議な響きがあります。

この語源を調べますと、富士山からきています。富士山に登りますと、「懺悔懺悔六根清浄」と唱えながら登山します。六根とは目、耳、口、鼻、身、心のことです。「懺悔」とは自己反省のことです。

神の山、富士山に登り、日頃の悪い想念や行動を悔い改め、魂の奥底から反省することによって、六根、すなわち心身が清らかになります。それで清めるために「懺悔懺悔六根清浄」と唱えたのです。唱えることにより神聖な富士山の神さまが身近に感じられるようになるのです。
 
その「六根清浄」(ろっこんしょうじょう)が「どっこいしょ」と聞こえたのが語源です。






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中国と仲良くする方法

中国と仲良くする方法
「中国」は「夏」「殷」「西周」「東周」「春秋」「戦国」「秦」「前漢」と続く国家交代、革命の歴史があります。中国の歴史は、絶えず血で塗られた政権交代の歴史であり、何時,どの民族に政権を奪われるかの世界です。

政権が交代すると、それまで主流の地位を占めていた以前の政治家や官僚は反逆者として抹殺されるのが中国の政治の世界なのです。このように革命の繰り返しの歴史から、良くも悪くも図太い人間が出来上がります。

この風土から中国人は、少しでも自分を大きく見せかけないといつか他人に出し抜かれてしまうため、出来るだけ配下を多く従え、派閥の頭目になることが尊敬されるという世界観が出来上がってしまいました。国民党の蒋介石、共産党の毛沢東などです。

中国人の性格として平等感という概念はありません。上か下か、それだけです。また譲歩する、ということは敗北を意味しますので、謝罪はすることはありません。反省することもありません。しかし他人に対しては謝罪や反省を強く求めます。彼らにとって相手から謝罪させることが勝利になります。その反面、相手から非を指摘され謝罪を要求されると、中国人は、自分たちの生存を掛けて反撃します。さらに見え透いた嘘をついて言い逃れをします。

私が中国人と仲良くできるのは、中国人をヤクザと思っているからです。任侠の世界観で中国人と交際しているのです。孔子の「論語」も、任侠世界の処世訓と思えばよいのです。中国人は、常に自分を中心としておかねば気が休まらない民族です。自分中心の考えを持ち、自分がルールであるという国家あるいは国民性を持っているのです。

日本人に必要なのは「中国人社会とは任侠の社会と同じ」ということを知り、理解し、そういう隣組の人間として付き合っていくことです。

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神職はどのようにターミナルケアに関わるか

神職はどのようにターミナルケアに関わるか
神職の家系に生まれた人たちを社家と呼びます。社家に生まれた私の場合、大阪府神社庁が経営母体の浪速高校から伊勢市の皇學館大学を卒業し神社に勤務しました。大阪の神職の歩む道です。王道を歩んでいたのですが、神社に勤務しながら鍼灸師・柔道整復師の国家資格を取得しました。その後、病院等の医療機関に勤務し、鍼灸師として中国に短期留学した経験を持ちます。当社の境内で鍼灸整骨院を開業している変わった神職だと思います。

変わった経歴のおかげで、亡くなられた春日大社の宮司で形成外科医から神職になられた葉室頼昭先生や大阪府八尾市で開業し生菜食と断食で治療されていた甲田医院の甲田光雄先生と知り合いになり、医学と信仰について両先生と議論をする機会を持つことができました。

葉室頼昭先生とは、将来ターミナルケアに神社と神職はどのように関われるか、議論しました。葉室先生は神職でありながら医師免許を持つ人たちが中心となり、患者が直面する生死の苦悩に対応し、患者に寄り添うことを目的とした仮称「神職医師の会」が発足させる必要があると考えておられました。

葉室先生は終末期の患者に「大祓詞」を奏上することを基本とされていました。実際に葉室先生は亡くなる直前まで「大祓詞」を奏上されていました。甲田先生は「般若心経」を唱えることと「がん」の餌は糖分であることから、糖分を与えない生菜食、5種類の野菜で作った野菜ジュースと断食で治療されていました。

両先生は共に大阪大学医学部出身でありながら西洋医学の限界を感じられ、葉室先生は神道、甲田先生は西式健康法を基本に菜食の少食療法を実践されていました。両先生とも年齢による衰えを感じ始められた、ご自身で自らの死期を予知されていました。

余命わずかになってしまった人へ行うケアを、ターミナルケア(終末期医療、終末期看護)と言います。延命を行わず、身体的にも精神的にも苦痛を伴わないように看護や介護をし、ご本人らしく人生の最期を生きる為に行われるものです。両先生とも見事な最期でした。

生まれてきたからには、避けて通ることのできないのが「死」です。癌などの重い病気にかかった場合、最期はどのようにすればよいのか、家族のさまざまな思いや願いが絡まり合います。大切な人の死に直面したとき、家族は戸惑いますが、しかし一番辛いのは死に行く本人であると思います。 

死を目前に控えた本人は、死の恐怖、病苦からくる抑鬱、介護者との心理葛藤など様々な精神的問題が生じます。ホスピス以外の一般の医者は精神面のサポートする知識や技術がない全くないが現状です。そのことから多くの宗教家が末期患者に精神的サポートを行っています。

平成11年(1999)から終末期の緩和ケア病棟に西本願寺の僧侶を常駐させている新潟県長岡市の長岡西病院があります。同病院では、末期がんや余命を宣告された患者の肉体的・精神的苦痛を緩和するための医療機関「ビハーラ病棟」を設置し、僧侶が患者の心のケアにあたっています。各地にはキリスト病院がありホスピスがあります。神社関係は皆無です。

以上のことから神職として死を宣告された本人が死が訪れるまでの闘病期間中から、死別後も家族が悲歎を乗り越えられるように精神的に援助できるのかどうか。数名の神職が集まりターミナルケアの勉強会を月に1回、京都で行っています。

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「スパイ防止法」の必要性について

「スパイ防止法」の必要性について
産経新聞 2月3日(水)7時55分配信から記載します。

朝鮮大学校(東京都小平市)元幹部、朴在勲容疑者(49)が、北朝鮮の対外情報機関「225局」の指示のもと、日本を経由した韓国での政治工作を主導していたとされる事件。取り締まりが厳しい韓国を避けて、日本を拠点に活動を仕掛けていた可能性が高い。警視庁公安部は、組織や活動の実態についても捜査を進めている。

 朴容疑者は、朝鮮大学校で経営学部副学部長を務めるかたわら、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)傘下の北朝鮮の核ミサイル開発を支援しているともされる「在日本朝鮮社会科学者協会」(社協)副会長にも就任していた。一方、約25年前、朝鮮総連の非公然組織で拉致などに関わったともされる「学習組」への参加も確認されているという。

 公安部によると、朴容疑者は平成12年ごろ、225局の勧誘を受け、活動を開始したとみられる。その後は、在日の対南工作活動の拠点責任者として、北朝鮮と韓国を橋渡しする役割を果たしていた。

 公安関係者は「日本はスパイに脆弱。北朝鮮は日本の“優位性”を活用して、さまざまな工作を仕掛けてきた。今回もその優位性を活用したケースではないか」と話す。

菅義偉官房長官も2月3日午前の記者会見で、警視庁公安部が北朝鮮のスパイ工作員の身柄を拘束したことを明らかにしました。 逮捕されたのは、東京・練馬区在住の元朝鮮大学校経営学部の男性教員、朴在勲容疑者で、 不正に入手したクレジットカードを使ってインターネット通販で商品をだまし取っていた詐欺容疑で逮捕されたのですが、本来なら北朝鮮のスパイ容疑で逮捕です。

以前我が国では中曽根政権時代にこのスパイ防止法成立を目指したことがありましたが、反対派に押されて否決しました。その間に北朝鮮拉致問題や米国の911テロ事件、イスラム国の日本人殺害事件などがあり、新たな情報機関の設置やスパイ防止法の制定を求める声が大きくなりました。

特定機密保護法は、外国のスパイから国家機密に関する漏えいを防ぐために公務員が罰せられる、これまでスパイ天国と呼ばれていた日本においてそういったレッテルを解消する意味でも良いものと思っていました。しかし今回の特定機密保護法は私が思い描いていたスパイ防止法とは似て非なるものなのです。

特定機密保護法は公務員を処罰対象としているのに対して外国人スパイは処罰対象とはならないのは大きな問題です。漏らした公務員は責任を取りますが、情報を受け取る側の外国人には何の処罰もない、と言うのはおかしいな問題です。その理由に、スパイのほとんどが各国の大使館の書記官や駐在武官なのです。つまり外交特権保持者なので逮捕はできず、国外退去命ずることだけです。さらに我が国のスパイの対象はロシア・中国・北朝鮮だけで、米国のCIAや米軍の情報部、英国秘密情報部SISなど我が国にとっての友好国の活動は一切罪を問うことはありません。

国家機密から企業情報、個人情報に至るまで情報保全の政策的努力の行われていない我が国は「スパイ天国」と呼ばれる状態にあります。防衛・外交・技術・組織のあらゆる機密情報が海外にどんどん流出している状況です。国家の安全、国民の安全を脅かす機密情報の漏洩は、犯罪として厳重に処罰しなければなりません。他国のサイバー攻撃にも米国では戦争と同じと判断していますが、我が国の法律では対応できません。

今の我が国の法律では、スパイ行為に対する禁止法案は無く、罰則も緩いため全く歯止めになっていません。状況を打破するには、こうしたスパイ行為自体を禁止する個別の法律が必要なのです。その為にも「スパイ防止法」の成立を急がねばなりません。


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「たづねて果たさむつとめ」

「たづねて果たさむつとめ」
天皇皇后両陛下には、先月の1月26日東京御発、30日東京御着の日程でフィリピンを行幸啓されました。これに先立ち、宮中三殿・神宮・山陵に御奉告のため、御代拝を御差遣。海外行幸啓の旨を御奉告遊ばされました。

両陛下には、大東亜戦争においてフィリピン戦線で戦歿した五十余万の日本軍将兵と百万を超えるフィリピン人戦歿者そして戦歿アメリカ軍将兵を慰霊され、フィリピン独立と建国の英雄に敬意を表されました。

私の思うところを記します。44年前の昭和47年(1972) 5月15日に、沖縄(琉球諸島及び 大東諸島)の施政権が米国から日本に返還されました。そのことにより昭和先帝陛下は沖縄県へのご巡幸を強く希望されておられました。昭和62年(1987)9月20日、沖縄で秋の国民体育大会が行われることになり、開会式の御親覧も兼ねてようやく念願のご行幸が実現できると思われました。

 しかしその直前にご不例によって中止となってしまいました。沖縄行幸啓を目前に先帝陛下は大手術を受けられたのです。手術は成功されたのですが、侍医の拝領により沖縄ご巡幸は中止となりました。そして、病によって巡幸がかなえられなかった沖縄県への思いを御製に残して崩御されました。

思はざる病となりぬ沖縄をたづねて果たさむつとめありしを

この御製を見るたびに先帝陛下の国民を大切に想われる気持ちが伝わります。沖縄の地に立って県民はもとより激しい戦争で戦死された戦歿者の慰霊と遺族を励ましたいという強い気持ちはを「たづねて果たさむつとめありしを」で理解できます。手術に立ち会われた侍医のお話ですが、手術の3日ほど後、「もう、だめか」と言われたそうです。それを聞いた医師たちは、ご自分の命の事かと思ったそうです。それは先帝陛下が「沖縄訪問はもうだめか」と問われたのでした。

 今上陛下は、先帝陛下の「たづねて果たさむつとめ」を継承されて皇后さまと共に沖縄への激励と慰霊の行幸啓を繰り返され、さらに、硫黄島から南にサイパンそしてペリリュー島と太平洋の玉砕の島に行幸啓され、この度のフィリピン行幸啓に至られたのです。

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