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神さまがお祓いをされている

神さまがお祓いをされている

修祓 (しゅばつ) は通常「おはらい」とよばれるものです。神社では小祭から大祭まで、またすべてのご祈願に先だち修祓を執り行い罪けがれを祓い清めます。まず神職が祓詞(はらえことば)を秦上し、その間は参列している人たち全員が、頭を下げた姿勢のままでお祓いを受けます。そして大麻(おおぬさ)で神事に参列する人々に左・右・左と振りお祓いを致します。

初対面の人から「職業は何ですか」と訊ねられますと両手で大麻を振るジェスチャーをしますと、「どちらの神社の宮司さんですか」といわれるほど大麻は広く世間に認知されています。

祓は、神道の神事において、極めて重要な意義を持つ浄化の儀式です。祓の意義は、穢れを祓って清浄になることであり、その究極の清浄とは、神さまから授けられた「本来の自分」、つまり神さまの御心に還ることです。神道では、人は神さまの分霊(わけみたま)なのです。

すべて人は神さまから生命を頂いているのですから、人は本来、神さまの慈愛を頂き、穢れや罪が無く、清く明るく正直な人生を歩むように、この世に誕生しているのです。人間の本性は基本的に善であるという性善説が神道なのです。

罪や穢れは垢みたいな存在なのです。自分自身に降りかかった罪や穢れが生じた場合、禊で洗い流せれば神さまから頂いた本来の姿に戻れるとご先祖たちは思っていたのです。身にこびりついている穢れを贖う、魂の洗濯ですね。

神職の祓詞は祝詞を奏上する前に詠み上げられます。古来より祓詞を唱えると、伊邪那岐命が禊ぎを行ったものと同様の効果が得られると信じられていたのです。そして大麻で左・右・左と振りお祓いをすれば罪と穢れを祓い落とせるとご先祖たちは思っていたのです。

そのため大麻は祓うための道具です。罪、穢れは目には見えないものです。それが神職という人間が祓っているのではありません。神さまが人をお祓されているのです。

大麻は紙きれのついた棒です。それを左・右・左に振りますが神さまが祓われているのです。神さまの慈愛と包容力に身を委ねているからこそ、大麻で背負っている罪と穢れを祓い落とすことができると思います。神さまは参拝者の皆さんに御神徳を与えるために罪や穢れを祓われているのです。決して人間が祓っていると思わないでください。



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日本酒と人との繋がり

日本酒と人との繋がり
世界に日本酒ほど高度な醸造法をもつ酒はないと思います。日本酒のルーツは弥生時代、稲作とともに大陸から米を原料とする発酵酒が伝えられたのが始まりと言われています。3世紀の「魏志倭人伝」には倭人、私たちの先祖が酒を好み、歌舞飲酒することなどが書かれています。

日本最古の歴史書である「日本書紀」には、神吾田鹿葦津姫(かむあたかしつひめ)は占いによって定めた狹名田(さなだ)の稲で天甜酒(あめのたむさけ)を醸造して収穫の新嘗祭で奉納ときさいしてあります。また、渟浪田(ぬなた)の稲を炊いて新嘗祭で奉納したと記載があります。

意外と思われますが天甜酒は、酒造りの担い手は女性でした。米を原料とするところは現在と同じですが、どのようにして造られたものなのか、製法についてはよく不明です。口噛み酒だとする説もあります。

大和朝廷の確立とともに朝廷でも酒がつくられ、神事や祭事に欠かせないものとなりました。10世紀の「延喜式」の記述は平安時代に現在とほぼ同じ製法で酒がつくられていたことが分かります。

「神が造りたもうた酒」と言う言葉があります。神さまと深い関係にあるのが日本酒です。日本酒を造ること自体が神事として行われてきたのです。そして酒造りの神様として大山咋神(おおやまくいのかみ)を御祭神としている松尾大社があります。当社と同じ御祭神です。また酒解神(さけとけのかみ)、酒解子(さけとけのみこ)を主神とした梅宮大社があります。

お神酒として神さまにお供えしたお酒をお祭りでいただき、呑んで酔うことが、すなわち神に近寄る手段であるという基本的な発想があったのです。もちろん酔いを求めて呑むわけですが、酔いではなく、より神に近づく為の手段として呑まれたのです。

このように日本人は、古来より神様への授けものとしてお酒を大切にしてきました。ところで「夫婦水入らず」「家族水入らず」という言葉があります。それではなぜ仲がいいということを「水入らず」というのか。じつはこれが日本流の酒の飲み方に由来しています。

「お流れちょうだい」という言葉を聞いたことがあると思います。これは目下が目上に盃を要求することをいいます。目上といえども他人が口をつけた盃で酒を飲むということになります。「親愛の証」といった意味がありますが、少し衛生的に問題があります。

それでその習慣に「杯洗」という儀式が加わりました。これは、自分が口をつけた盃をそのまま相手に差し出すのは無礼にあたるので、盃を水で洗うというものです。しかし、受け取る方は「いや、そのままでいい」というのが礼儀でそれによって親愛の情を表そうとしたわけです。

そこで水で洗わない、つまり「水入らず」の方がより親愛が深まる、という意味から「夫婦水入らず」「家族水入らず」という言葉になっていったのです。

「親愛の証」の盃事(さかづきごと)の最たるものは「親子盃」です。現在に引き継がれている稼業人の「親子盃」は親分子分の血縁関係を特定するための重要な儀式です。

人と人との関係を強固にする役目を果たす「お流れちょうだい」の杯は神式の結婚式の三々九度の盃にも見られます。


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お供えするときの表書き方について

お供えするときの表書き方について
初宮や厄祓など祈祷を受けられる際、地鎮祭など出張祭典を受けられる際にご祈祷料を納めていただきます。「熨斗袋」の表書きには、一般的に「初穂料」「玉串料」「祈祷料」「御礼」などお書き添えていただいております。

神社では「お布施」という言葉は使いません。「お布施」とは仏教用語で「他人に施しを与える」ことです。確かに祈祷料を受け取るのはのは神職ですが、祈祷料は「神様への捧げもの」です。「神職が神様に施しを与える」ことはありません。従いまして「お布施」という文字を用いて熨斗袋に書くことはありません。

熨斗袋に「初穂料」を書かれていますが、これは初穂・初物に代わるものという意味です。「初穂」とはその年に初めて収穫されたお米のことです。古来より「初穂」は、ご神前にお供えして収穫と豊作を神様に感謝する習慣がありました。その年に収穫されたお米以外に農作物や魚類も「初穂」としてお供えする風習は現在でも行われています。

農業・漁業関係者以外のお方、また季節がずれると初穂・初物は手に入りません。そこで初穂・初物の代わりとして「お金」が神様にお供えされるようになりました。それを「初穂料」と呼ぶようになりました。

初穂料は様々な場面で使うことができます。しかし使えない場合があります。それは「神葬祭」のときです。弔意を以て臨む「神葬祭」には不向きといえます。「神葬祭」には「玉串料」または「御榊料」などを用います。「御霊前」と書かれても差し支えはありませんが、
不祝儀袋に蓮の花の文様が付いている場合がありますが、これは仏式用のものなので注意して下さい。

ところで玉串は神前にお供えするものとして、米・酒・魚・野菜果物・塩・水等の神饌(しんせん、神様のお食事物)と同様の意味があると考えられています。しかし、神饌と異なる点は、玉串拝礼という形で自らの気持ちをこめて供え、お参りをするということです。勿論、神饌も注意して選び、心をこめてお供えをしますが、玉串は祭典の中で捧げて拝礼することから、格別な意味を有するものであることが分かります。

初穂・初物と同様に、神様にお供えすべき玉串を用意できない代わりに「お金」をお供えすることになってきます。それを「玉串料」と呼ぶようになりました。


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こどもの日に少子高齢化を考える

こどもの日に少子高齢化を考える
5月5日午後2時に当社の九鬼稲荷祭が執り行われました。当社の末社に九鬼稲荷社があります。御祭神は摂津三田藩主九鬼隆律公です。氏子地域では九鬼和泉守と呼ばれています。元禄年間、当社に御鎮座して329年になります。本日、329回目の稲荷祭を執り行いました。端午の節句に執行する理由は九鬼隆律公の尚武の精神と恩義を忘れないためです。今年も8人ぐらいの子供たちが参列し拝礼をしました。

私が子供のときは境内にあふれるぐらいの子供たちでいっぱいでした。少子高齢化が押し寄せてきたのです。今回は少子高齢化について記載します。

Yahoo!ニュースから記載します。

総務省が「こどもの日」に合わせて4日発表した15歳未満の子どもの推計人口(4月1日現在)は、前年より15万人少ない1605万人で、1982年から35年連続の減少となった。比較可能な50年以降の統計で、過去最少を更新。政府や地方自治体は少子化対策に力を入れるが、少子化に歯止めがかからない実態が改めて浮き彫りになった。内訳は男子が822万人、女子が782万人。

そもそも、日本における若年層の減少は厳しい状況にあります。 国立社会保障・人口問題研究所の中位推計によると、子どもを生む確率の高い25~39歳の女性の数が、2010~2060年の50年間で55.1%も減り、現在の半分以下となる44.95%まで低下すると予測されているのです。

これは他の先進国と比較しても尋常ではない減少ペースです。国連の推計では、同期間において、米国は23%、英国は5.2%、フランスは4.2%子どもを生む年代の女性が増えると予測されており、日本だけが激減しているのです。

その結果、我が国では、少子化が世界に類を見ないレベルで進み、19歳以下の子どもの数は、米国が21.9%増、英国が13.7%増、フランスが8.4%増と見込まれるのに対して、我が国は53%減となるのです。

ただし米国とフランスが子供の増加が見られるのは、ヒスパニックやアラブ系の移民の子供が増えているからだと思います。

予想では2040年に20~39歳の女性の数が49.8%の市区町村で5割以上減ります。そうなりますと推計対象の全国約1800市町村のうち523では人口が1万人未満となって消滅するおそれがあります。少子高齢化により地方はますます疲弊していくのです。

その一方で私の世代、つまり団塊の世代の高齢者が急増します。恐ろしい話しですが30年後には、全人口の約40%が65歳以上の高齢者となります。

政治家は何やってんだ?と言いたいのです。このことは既に厚労省が20年前に言っていることなのです。政府が何もしないのが不思議でなりません。

ところで少子化をストップさせるには先ず雇用の安定を図り、保育所の充実と年金問題を解決することだと思います。雇用の安定を図ることは所得を増やすことです。国内企業は外国に工場を作らず日本の過疎化が進んでる地方都市に作って、本社機構を移転させると政府は企業に対して補助金を出し、しかも減税することが必要です。

企業が海外進出をしますと、人件費は安くても輸送費がかかります。治安の問題や紛争によるテロの問題も生じます。海外進出をやめて地方都市に企業の本社や工場を移転すれば技術者が家族と共に移住することになるので、市町村に人が増え税収も増えます。何よりも若い人たちの人口流出が防ぐことができ雇用も促進できます。地方都市は地価も物価も安いので比較的生活が楽になります。ゆとりを持って子作り・子育てができます。

東京に経済が一極集中していたものを地方に分散することが必要です。いわば日本列島改造論です。

我が国は人口減少で働き手が不足しています。外国人労働者に頼るのは問題があります。それよりも配偶者控除の仕組みが女性の就業を妨げています。いまや共働き世帯は専業主婦世帯より多い時代です。専業主婦が悪いといっていません。女性が年収を意識せずに安心して楽に多様な働き方ができるように税制を改革すべきだといっているのです。

例えばパートで働く女性の年収が103万円以下の場合、夫の課税所得から38万円の控除を受けられます。そのことから税負担を軽くするため、年収を103万円以下に抑えようと就業調整をする人が多すぎまからです。年収を気にしないで働ける税制を構築すべきです。

私も昨年から年金を貰っています。そこで思うことですが、世代間の格差も是正が必要だということです。たとえば私たちの年金受給者に適用される公的年金などの控除は、現役世代の給与所得控除より手厚い処遇です。

私たちの貰う公的年金を支えているのは現役世代の人たちです。その現役世代の数が少子化で減る一方です。給付を受ける側の高齢者は増え続けています。低所得者への配慮は必要ですが、やはり高齢者を過度に優遇するのは考えるべきです。

少子化の原因の一つに適齢期の男女が結婚しなくなったためだと言われています。私の友人たちの子供の中にも結婚しない息子や娘が結構な数になります。本人たちの言い分は結婚したいのに、「適当な相手」に出会わないことを理由にします。それで結婚できなかったり、遅くなっているようです。

独身女性の場合、男性を選ぶ条件として定職に就いていることが問題となります。最近のデフレ不況のために非正規雇用の状態では結婚相手の女性は見つかりません。非正規雇用の男性では結婚相談所に登録してもらうことすらできません。

つまり、長引くデフレ不況が持続して停滞し、雇用環境が悪くなっていることが、現在の若者の結婚を遅らせる大きな原因の一つになっています。未婚の男女を減らすには、現在の経済状況の改善とともに、将来的に明るい見通しが社会に立てられるようにすることがまず第一です。特に女性にとっては、結婚することにより、現状より経済的に良くなる見通しがないと、なかなか結婚に踏み切れません。

結婚しても子供を望まない女性が増えているのも少子化の原因です。その理由に子供にかかる費用は年々増えているからです。また子供を育てると自分の自由な時間が減ることになると考えている女性も多いのです。意外に多いのは母親になれる自信がないからと言う理由です。

私は心理学者ではないのですが、親になる自信がない前に、自分に自信がない人に多いと思います。さらに自分の子供も自分と同じ負け組になるので産まない、という考え方の人に多いです。多様化した時代ですので、結婚したい男女がおれば結婚すればよい、子供が欲しい夫婦であればが作れば良い、こういう人たちには価値観を押し付けない方が良いかもしれません。

ただ子供を産まない、産みたいどちらにしても後悔しない人生を歩んで欲しいです。そして、産む場合には生まれてくる子供のことを考えて生きてほしいと思います。

子どもを望まない夫婦が増えた一方、子供を望むは夫婦もあり二極化しているように思えます。高額な不妊治療で悩んでいる夫婦が多いのも事実です。不妊治療が高い理由は、健康保険適用外のものが多いからです。不妊は病気とはみなされていないからです。体外受精の費用が1周期あたり20万~80万もかかります。少子化対策の一環として人工授精や体外受精にも保険が適用すべきです。

それと我が国でも子ども4人以上産んだら両親とも失業しても暮らせる額の子育て補助金を与え、定率で所得税減税をすることです。4人以上の子供がいる夫婦のために保育環境とか産休育休取得率のアップが必要です。

次に保育園の問題です。保育園不足は保育士不足が原因なので保育士を増やす努力しないと待機児童増えるという図式なので保育士の給料アップは不可欠です。給料が安いから保育士を辞める人が多い、そして復帰もしない、仕事に似合う給料があれば問題が無いと思います。

安倍晋三首相は4月26日、官邸で開かれた「一億総活躍国民会議」で保育士の給与を来年度から引き上げる方針を明らかにしました。公立保育所の保育士は地方公務員ですので。
それなりに高給もらっています。私立の保育園の保育士との給料と待遇の格差はひどいものです。それを考慮して保育士の給料アップを考えて下さい。

国会議員の給与や待遇、舛添さんの出張費2億円とか毎週公用車で別荘のある湯河原に行った経費とかを考えると保育士の給料アップは安いものです。

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五月になりました。

五月になりました。
今日は五月一日です。早朝より月次祭(つきなみさい)を執り行いました。五月五日午後2時より九鬼稲荷祭が執行されます。九鬼稲荷祭は子供たちのお祭りです。子供たちが交通事故や病気にならないように健康と安全を祈願します。当社の九鬼稲荷社は伏見稲荷の分霊ではなく摂津三田藩三代目藩主九鬼隆律(くきたかのり)公をご祭神としています。今年は15代目の九鬼隆訓氏の参列は都合により参列されません。

九鬼稲荷祭には必ず柏餅を神饌としてお供えします。なぜ柏餅なのか、といえば使われる柏は、古くから神が宿る木とされています。神社や神棚で神に拝する際にぱんぱんと手をたたきます。それを柏手(かしわて)と呼ぶのもここから来ています。

それと柏の木は新芽が出ないと古い葉が落ちないため、子孫繁栄を意味するものとして端午の節句には柏餅をお供えします。

ところで旧暦の五月を皐月(さつき)と呼んでいます。「さつき」は、この月は田植えをする月であることから「早苗月(さなへつき)」と言っていました。大和言葉では「サ」という言葉自体に田植えの意味があります。5月は「田植の月」になのです。「日本書紀」では「五月」と書いて「さつき」と読ませていますので、皐月と書くようになったのは後世のことだと思います

五月はいろいろな別名もあります。

「菖蒲月(あやめづき)」・「稲苗月(いななえづき)」・「五色月(いろいろづき)」・「雨月(うげつ)」・「建午月」(けんごげつ)・「月不見月」(つきみずづき)・「五月雨月」(さみだれづき)・「写月」(しゃげつ)・「橘月」(たちばなづき)・仲夏(ちゅうか)・梅月(ばいげつ)

など、まだまだ沢山の別名があります。

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