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両首脳のゴルフについて

両首脳のゴルフについて
記憶は定かではないのですが私が皇學館大学の学生の頃、今から49年前お話しです。昭和44年6月頃だと思います。当時の皇學館大学第2代総長は安倍総理の祖父で岸信介元総理大臣が講演されました。演題は確か「青年学徒に告ぐ」だったと思います。

講演終了後、選抜された学生との対談の場がありました。その時に、先輩が「岸先生の趣味は何ですか」と質問されました。そのとき岸先生は即座にゴルフと言われました。そしてその後、学生を前にして岸先生は第34代大統領のドワイト・アイゼンハワーとゴルフをされたことを語られました。昭和40年初頭、ゴルフを趣味にされるお方は少なく、リッチに見えた時代です。今や普通のサラリーマンでもゴルフができるようになりました。

因みに私はゴルフはしません。理由は少林寺拳法3段で武道家を自認しているからです。

今回、安倍晋三首相は2月9日、第45代トランプ米大統領と初めての首脳会談を行うため、米ワシントンに向け政府専用機で羽田空港を出発されました。ホワイトハウスで日米首脳会談を行ったあと、トランプ米大統領の別荘がある南部フロリダ州で安倍総理大臣とゴルフを行うことになっています。

ところで私はトランプ大統領が「米国第一」を打ち出して実行するならば、我が国は戦後、骨の髄まで染み込んだ「アメリカ依存」という病状から脱却すべきチャンスだと思います。世界中で有り得ない憲法九条に由来する「非武装にすればするほど安全だ」という発想の転換を図るべきチャンスです。

トランプ大統領が「米国第一」を実行するならば我が国も戦後体制から脱却し、国家と国民は独立自尊の体制、つまり、自力で国家の存立を確保する体制を確立しなければなりません。私は戦後体制とは、アメリカが日本を守るという日米安保の架空の前提のもとに成り立っていると思っています。その戦後体制を、構築しているものが「日本国憲法」だということです。

トランプ大統領が内向きの政治体制を確立すれば、トランプ大統領が如何なる人物がなろうとも、我が国は国益と繁栄、存続を確保しうる体制を構築すべきです。祖父の岸信介先生とアイゼンハワー大統領もお互いが国益を守るためのゴルフだったと思います。今回の両国の指導者のゴルフが歴史を動かすことになることを期待します。



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今日は「節分」です。

今日は「節分」です。
今日は「節分」です。「節分」という言葉を説明しますと、古くは「せちわかれ」と称していました。元々1年に4回訪れる大きな季節の変わり目がありました。立春、立夏、立秋、立冬と言います。それぞれの前日を意味する言葉が「節分」でした。つまり1年に4回「節分」があったことになります。それが、やがて1年で最初に訪れる、大きな季節の変わり目であった、立春の前日だけを指す言葉へと変化していったのです。

大阪では「節分」のことを「年越し」と言います。それは前述しましたように「節分」といえば、一般的に立春の前の日を示す言葉です。立春を新年とすると、「節分」は大晦日にあたります。そのため、現在でも大阪市のはずれの鶴見では今でも「節分」のことを「年越し」といっております。

日本国中の家庭では、「鬼は外、福は内」と叫びながら、煎った大豆を家の内外に撒まきます。この豆撒きは、家から邪気を追い出して災厄を祓い、福つまり幸福を呼び込むために行われます。これは宮中行事の追儺(ついな)と寺社が邪気を祓うために節分に行っていた豆打ちの儀式が合わさったものといわれています。

豆撒きの大晦日の晩から元日の朝にかけて、氏神さまのもとに籠る習慣 がありました。 .「豆」は「魔滅」に通じ、また鬼の目の魔目(まめ)にめがけて豆を投げれば「魔滅」するという意味があると考えられています。また鬼を追い出すために鬼が嫌う柊(ひいらぎ)の枝に鰯(いわし)の頭を刺したものを戸口に立てておいたり、炒った大豆を年の数だけ食べるなどの風習も現代まで続いています。

当社の氏子地域では家庭で豆撒きをして年の数だけ大豆を半紙に包み神さまに奉納する風習があります。また当社では「節分」のときに厄年の御祓をする風習があります。それも午後6時ごろから午後9時までにお祓いを受けるというものです。これは前述しましたように氏子地域では「節分」は「年越し」と呼んでいます。立春を新年とすると、2月3日の「節分」は大晦日にあたります。家族全員が大晦日の晩から元日の朝にかけて、氏神さまに参拝する習慣があったからです。

もう一つ氏子地域では重ね厄年と言うのがあります。これは男女とも数え66歳・77歳・88歳・99歳になられたら健康に留意し、益々の長寿を祈願するお祓いです。





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ようやく1月が終わりました。

ようやく1月が終わりました。

 ようやく忙しかった一月も終わり2月に入りました。今年の正月三が日は、天候に恵まれ初詣参拝者数は、ほぼ例年通りと思われます。正月三が日、例年にはない朱印希望者の増加がありました。神社参拝の証としての朱印があると思うのですが、最近の現状をみれば「朱印集め」が主たる目的となっているように思えてなりません。当社において拝礼も行わず朱印集めの行為のみに来社された事例も多くあります。朱印帳集めの趣味だとしか考えられません。

 そのようなお方には神さまに対しての畏敬の念を感じ取ることはできません。しかし朱印帳を機会にして当社との関係が深まり、昇殿参拝や神棚の奉斎もされている事例もあります。

また正月飾りについての問題もあります。飾り付けを取り外し「どんと」「左義長」などと呼ばれる行事を通じて「お焚き上げ」が行われてきた歴史があります。当社でも30年前には「お焚き上げ」を行っていたのですが、宅地化や高層住宅の増加により防災上の問題から「お焚き上げ」が困難となり中止しました。
 
 さらにモラルの問題もありました。正月飾り以外に「鏡餅」「干し柿」「みかん」「年賀状」「結納品」「弔電」「人形」等を「どんと」に持ち込まれました。そのこともあり30年前に中止となりました。

参拝のマナーについては若年層、ネット世代は比較的マナーは良いと思います。毎年のことなのですがお正月と言うこともあり、今年はお酒を飲んで酔っ払って参拝に来られトラブルを起こす中年世代の男性が少なかったと思います。

初詣をはじめとする正月行事は神社への関心を高める機会です。宮司として、そのなかで垣間見られる変化を見過ごすのではなく、細かな事象をいかに認識し、どのやうな手段を講じて夏祭・秋祭、そして来年のお正月を臨むのかを考えています。

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