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古くて新しいもの、新しくてふるいもの

古くて新しいもの、新しくてふるいもの
47年前のお話しです。私が皇學館大学文学部国史学科の学生の頃、「神道概論」など神道に関することは谷省吾先生から学びました。伊勢市古市にあるご自宅にも何度か伺いし神道に関することを教えていただきました。

 伊勢神道(度会神道)の根幹である『神道五部書』(しんとうごうぶしょ)の一つで『倭姫命世記』(やまとひめのみことせいき)があります。記載されている有名な言葉があります。『倭姫命世記』は建治・弘安(1275-1288年)の頃、豊受大神宮(外宮)の神職、渡会行忠(わたらいゆきただ)の撰になったものとも言われています。その中の下記の言葉を谷先生から教わりました。

件(くだん)の童女(おとめ)宇太(うだ)の大采禰奈(おほうねな)を大物忌(おおものいみ)と定め給(たま)ひて、天磐戸(あめのいわど)の鑰(かぎ)を預(あずか)り賜(たま)はりて黒心無(きたなきこころな)くして、丹心(あかきこころ)もちて、清く潔(いさぎよ)く斎(ゆま)はり慎(つつし)み、左の物を右に移さず、右の物を左に移さずして、左を左とし、右を右とし、左に帰り、右に廻(めぐ)る事も、万事(よろづのこと)違(たが)ふ事なくして、大神に仕え奉れ。元(はじめ)を元(はじめ)とし、本(もと)を本(もと)とする故(ゆえ)なり。

解釈しますと、神さまに仕える時には左に置くものは右に置かず、左に置くものは左に置き、不自然なことをしない、と説いています。「左左右右(ささうう)」と言う自然なことを行い、不自然なことはしない、伝承させていることを行いなさいと説いています。

 また「元を元とし、本を本」、略して「元元本本」は、人々の「いのち」は、神々につながる「いのち」であり、そのことから常に自覚しなさい。その「根元」から「いのち」の出発があり、民族も国家も文化も神々からいただき成り立っているので、神々をまつり、神々に祈ることを受け伝えなさい、と『倭姫命世記』は教えています。

 谷先生は、「変化が激しい時代の中で、変化をしないものを探し続けなさい。神道は古くて新しいものであり、新しくて古いものである。神宮の式年遷宮も常若の思想である」と教えてもらいました。

 皇大卒業後、神社に奉職し、夜間に東洋医学系の専門学校に通い、柔道整復師・鍼灸師の国家資格を取得しました。東洋医学を学ぶ動機は「古くて新しいものであり、新しくて古いもの」であることが神道と共通していたからです。

神職でありながら中医学を学ぶために社会主義が徹底していた時代の中国留学もしました。気がつけば神職でありながら柔道整復師・鍼灸師の専門学校と大学を有する学校法人森ノ宮医療学園の教員や理事となっていました。年を重ねてもどこかに谷先生の言葉が頭にありました。

 ところで私が50歳前後までに先代宮司も義父宮司も帰幽しました。二人とも共通していることは、常に世代交代の時期を考えていました。それは「どのようにお宮をお守り続けるか」ということでした。二人とも「自分の代だけが運営できればよい」とは考えてはいませんでした。孫の代のことまで真剣に考えていました。

いつか世代交代の時期が来ることを意識して、過去から未来へと続く歴史の中で、今に生きている自分たちが御先祖様のつながりを子孫へ引き継がれるように努力していました。

先代も義父も帰幽するまでに引退し子孫へ引き継がれたことで安堵感があったと思います。私も同様に長男へと、ご先祖から預かったお宮を子孫に引き継がれて行くことに努力しています。

パソコン携帯電話が一家に何台もあり、インターネットを通じて世界中の新しい情報が入ってくる時代に「古くて新しいものであり、新しくて古いもの」を考えると、神宮の20年に一度の式年遷宮の「常若」の精神が「どのようにお宮をお守り続けるか」を反映しているようにみえます。

当社は時代の流れで社殿・社務所が鉄筋コンリート造の近代的な建物になっています。社務所の中では3台のパソコンで社務を行っています。神職との連絡もメールが行っています。変はりゆく中にあっても変はらないことは毎日、朝拝・夕拝を執り行っていることです。祈りや感謝の祝詞は何も変わっていません。祓詞も大祓詞もご先祖から伝承されたものを奏上しています。

 昨日の2月28日は大阪府神社庁の御神殿で「神宮大麻頒布終了祭」が執行されました。平成28年11月2日の「神宮大麻頒布始祭」と同様に今回も斎主としてご奉仕させていただきました。顧みれば、先代も斎主としてご奉仕していまた。祭員の神職も父親が祖父が過去に何度もご奉仕しています。

生命は永遠ではありません。しかし生命は受け継がれて循環します。永遠性です。変わり行く世の中にあっても変わらずに、神宮さまへの祈りや感謝を受け継いで行ける「常若」の精神がしっかりと神社界及び神職には根付しているのだと思いました。




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